おやぢの部屋2
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フィンランディアを演奏したくなりました
 きのうの「おやぢ」では、ブックレットの間違いだけではなく最後にはNMLの間違いを指摘していましたね。そこではシベリウスの合唱曲「フィンランディア」についての情報が間違っていたのですよ。
 「フィンランディア」というのは、シベリウスが作った、おそらく彼の作品の中ではもっとも有名な管弦楽曲ですね。その中間部にとても美しい旋律の部分があるのですが、それを合唱に直したものもよく演奏されます。シベリウス自身が編曲したのは、最初は無伴奏の男声合唱のためのバージョンで、その時の歌詞はヴァイノ・ソラという人のものでした。さらに、内容がもっと愛国心が強調されたヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミの歌詞のものも作られます。この2つのバージョンは、ア・カペラで歌われますが、オーケストラ曲と同じAs-durで書かれていますから、そのままオーケストラと共演することもできます。
 さらに、シベリウスは混声合唱のア・カペラ・バージョンも作ります。この時の歌詞はコスケンニエミのもの。そしてキーは男声版と同じAs-durでした。しかし、シベリウスはこれではなく、キーをF-durにして、編曲も手直ししたものを出版します。つまり、混声の場合、F-durのバージョンが「決定稿」となっているのですね。
 ということで、シベリウスが作った合唱曲としての「フィンランディア」は、男声2種類、混声2種類の計4種類残されていることになります。もちろん、現在ではそれ以外に多くの人が勝手に編曲したバージョンがいくらでも作られているので、「フィンランディアの合唱版」と呼ばれている曲は、無数に存在していることになります。
 シベリウスの2種類の混声版「フィンランディア」は、単にキーが異なっているだけではなく、編曲そのものが違っているようです。IMSLPではオーケストラの楽譜しかなく、合唱バージョンは見つからないので確実なことは言えないのですが、一応2つのバージョンを聴き比べると、はっきり違いが分かるところがありました。それは、最後の音。As-durでは和音で終わっているのに、F-durでは、最後の音だけ単音になっているんですね。あの、とても有名な「K」で始まる曲のオーケストラ(もしくは吹奏楽)バージョンで、ずっとハーモニーが付いているのに、最後にはユニゾンになってしまう、という、とても間抜けなアレンジとよく似ています。
 ですから、きのうのアルバムで歌われていた「シベリウスが編曲した『フィンランディア』」がAs-durのバージョンであることはすぐに分かりました。ところが、NMLで同じアルバムを見てみたら、ジャケットやブックレットにはキーに関しては何の説明もないのに、わざわざ「混声合唱によるヘ長調版」などと書いてありましたよ。いったいどこからそんな情報を持ってきたのでしょう。というか、実際に聴いてみればそれが「ヘ長調」ではなく「変イ長調」なのはすぐわかるはずなのに。
 もちろん、担当者がこんなのをいちいち聴いてチェックできないことはよく分かります。このサイトでは音源は毎日ものすごい量で増え続けていますから、すべてを聴いて中身を確かめるなんてまず不可能でしょうね。ですから、私は別のところでやはりものすごい間違いを見つけた時には、さっそく「レビュー」として投稿してやりましたよ。そこでは「ダフニスとクロエ第2組曲」が、日本語表記だけ「第1組曲」になっていました。つまり、「第1組曲」を聴いてみたくなって検索したらこれがヒットしたので聴いてみたら、紛れもない「第2」だったんですよね。ですから、「間違ってますよ」と投稿してみました。レビューに反映されることなんかは期待してなくて、直接教えてあげれば、間違いが訂正されるのでは、と思ったからです。他にも検索した人がいたりすれば、恥をかくのはこのサイトの担当者ですからね。でも、ご覧のように、もう何週間もたつのに訂正されてはいないようですね。
 ですから、「フィンランディア」も、こっそり教えるのはやめて、こんな風に誰でも読める形にしました。なにを言っても無駄なような気はしますがね。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-23 21:53 | 禁断 | Comments(0)
FINLAND
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Marcus Creed/
SWR Vokalensemble
SWR/19031CD


どの国の音楽でも、その国の合唱団以上の共感をもって素晴らしい演奏を聴かせてくれているSWRヴォーカルアンサンブルですから、新しいアルバムは聴き逃すわけにはいきません。今回はフィンランドです。
ここで取り上げられている作曲家は、なんと言っても外せないシベリウス以外では、録音セッションが持たれた時点ではすべてご存命だった、まさに「現代作曲家」ばかりです。それは、録音が完了した数日後に亡くなってしまったラウタヴァーラと、サーリアホという重鎮、そして1955年生まれのユッカ・リンコラ、1970年生まれのリイカ・タルヴィティエという名前を聞くのも初めての方々です。
1928年生まれ(↑ブックレットには1925年と)のラウタヴァーラは、1970年代、1990年代、2010年代と、ほぼ20年のインターバルで3つの作品が紹介されています。1978年に作られた「Canticum Mariae virginis」では、まるでリゲティのようなクラスターが流れる上をプレイン・チャントのようなスタイルの聖歌が朗々と歌われる、という二重構造を持ったもの、結果的にそのような手法は絶妙に「ヒーリング」として成立しうるということを感じさせてくれるもので、以降の彼の基本的姿勢が見て取れます。
次の、東京混声合唱団からの委嘱で1993年に作られたという「我が時代の歌」では、その構成はさらに複雑になっていくにもかかわらず、訴えかける力はより強くなっているようです。2曲目の「最初と最後の瞑想」は、キラキラしたオスティナートのなかを、ゆったりとテーマが歌われるという形ですが、そこからラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲の冒頭の夜明けの部分が連想されてしまいました。
それが、まさにこのSWRの委嘱で、この録音の直前に完成した「Orpheus singt」では、テキストがリルケということもあるのでしょうが、まるでロマン派の合唱曲を思わせるようなホモフォニックでシンプルなものに変わっています。
1952年生まれのサーリアホの「Nuits adieux」という作品は、1991年に四重唱とエレクトロニクスのために作られたものを、1996年に4人のソリストと無伴奏混声合唱のために作り直したものです。オリジナルは聴いたことがありませんが、まるで電子音のような効果音を出している合唱と、「無調」のフレーズを歌うソリストという組み合わせはまさに「前衛」音楽です。ただ、合唱は時折しっかりハモっているというのが、「現代的」ですし、後半になってはっきりとリズミカルな部分が登場するのには和みます。
初体験の作曲家、リンコラが2003年の「月の手紙」という作品で見せてくれたのは、まるで合唱コンクールの自由曲にでも使えそうな、適度に難解さを残した手堅さです。そして、タルヴィティエの方は、紛れもない「ジャズ・コーラス」です。ここにヴォイパが入ればそのまんまPENTATONIXになってしまいそうなリズムとテンション・コードの応酬、その中から北欧っぽい抒情性が漂うのですからたまりません。
そして、アルバムの最初と最後を締めているのが、シベリウスです。「恋人」は、彼の代表的な合唱曲、1893年にYL(ヘルシンキ大学男声合唱団)のコンクールで第2位となった作品です。ここでは1898年に改訂された混声バージョンが演奏されています。さらに、1912年には弦楽合奏のバージョンも作られました(↓ブックレットには、なぜかこの弦楽合奏が作られた年代が)。
最後はもちろん「フィンランディア」。無伴奏混声は2種類のバージョンがありますが、ここでは最初に出版されたヘ長調ではなく、変イ長調の方が演奏されています(こちらではなぜか「ヘ長調」となっていますが、もちろんこれはデタラメ)。さらに、アレンジも少し手が入っていて、2番の頭でベースだけ休符なしで拍の頭から入っていたりします。
期待通り、これだけ異なる様式で作られた曲たちを、この合唱団は万遍なく完璧に歌い上げています。極端に遅いテンポで迫る「フィンランディア」などは、まさに絶品です。いや、むしろエロい(それは「インランディア」)。

CD Artwork © Naxos Deutschland Musik & Video Vertriebs-GmbH

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-22 20:42 | 合唱 | Comments(0)
エルガーは大変です
 きのうはニューフィルの合奏でした。その前の週は分奏だったので、なんか久しぶりという感じ。この旭ヶ丘市民センターの大ホールは、今の時期になると晴れた日などはもうサウナのような暑さになっていることがあります。それでも確か6月にならないと冷房は入れられない、みたいな規定があるようで、そんな時はもう地獄ですね。きのうも、4階のエレベーターを降りたらなんとなくムッとしていたので、これはまだ冷房は入っていないと思いました。ですから、みんなが集まってきて椅子並べなどをやっていると、もう汗びっしょりになるぐらいでしたね。そこで、一応事務室に、ダメかもしれないけれど冷房を入れてもらうように頼んでみることにしましたよ。このまま練習を始めたら、きっと熱中症で倒れてしまう人が出てくるかもしれませんからね。
 いや、もちろんそれはウソで、今まで練習中に暑さで倒れた人なんか見たことはありません。ただ、最近はかなりお年を召した人も団員の中に出てきましたから、そういう人はもしかしたら、と思うじゃないですか。
 それで、内線電話できいてみると、受付の人は「もう冷房は入れてありますよ」ですって。なんでも、しっかり室温も分かるようになっているので、、それでちゃんと管理しているから、間違いないのだそうです。でも、実際に全然涼しくないのですから、現場では全く冷房が入っていないと判断せざるを得なかったのですが、そこまでいうのならしばらくしたらいくらかは涼しくなるのでしょうから、我慢することにしましょうか。部屋にあった温度計を見ると、確かに26度ぐらいになっていましたから、それだと「温度管理」の範囲内には違いありませんからね。
 結局、前半の私の出番が終わるころになって、やっと涼しいかな、と思えるぐらいの温度には下がって来たみたいですね。でも、やはりこれは「温度管理」ではなく、使っている人が「暑いな」と思う感覚の方を大切にしてもらいたいものですね。でも、来週あたりは寒すぎるぐらいにギンギンに冷えていたりするかもしれませんね。そんな攻防は、夏一杯続きます。
 そろそろ「かいほうげん」の準備に入らなければいけない時期になっているのですが、いまいちインパクトのあるネタが集まらないので、ちょっといつ発行できるかは分からない状況にあったのですが、今年も「アンサンブル大会」をやることになって、その案内を出してほしいという希望が出されたので、それに合わせて具体的に動き出すことにしました。そうなると、それまでに確実に準備をしておかなければいけないことが出てきますから、それを順次片づけていく、というのが、私の手順です。
 そこで、まずは新入団員の写真を撮ります。今回、載せなければいけない人は全部で6人にもなっていましたから、早めに撮っておかないと間に合わなくなってしまいます。顔を合わせるのは毎週の合奏の時しかないので、その人がお休みされてしまうとどうしようもありませんからね。それで、網を張っていると、そんな被写体が続々とやってきました。その人が荷物を置いて楽器を組み立て終わるのを待って、「ちょっと、顔、貸してください」と、隣の個室に誘い込みます。そこで、とてもネットでは公開できないような写真を撮ることになるのです。
 いえ、別にヘンタイなアブない写真ではありませんよ。こんなふうに、そこにある白い扉をバックにして、楽器と一緒に撮影するだけのことです。
 結局、合奏が始まる前には、5人分の写真が撮れてしまいましたよ。すごいですね。もう一人も、休憩時間には来ていたので、これで全員分が撮れました。幸先がいいですね。これさえあれば、もうあとはいつもお願いしている原稿も締め切りまでには確実に入ってくるでしょうから、これで次号は完成したも同然です。
 写真を撮った人のほとんどは、今回が再入団で私のことは知っていますが、その他の人はまだ誰がどんな仕事をしているのかわからないはずです。一人の人は、私が「かいほうげん」を作っているということを知って、とても驚いた様子でした。「アマチュアの内部資料で、こんなすごいの作ってるなんて、信じられません」なんておっしゃってましたね。そうなんですよ。この前のお寺でのコンサートの住職の前説と同じで、慣れていない人は一様に驚くんですよ。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-21 21:14 | 禁断 | Comments(0)
CM WORKS
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デューク・エイセス
UNIVERSAL/UPCY-7036


この間の「60TH ANNIVERSARY」の時に一緒に購入した、やはり「60周年」がらみのアルバムで、デューク・エイセスが歌ったCMを集めたものです。今までこういう企画はありませんでしたから、この中のものは初めてCDになった曲が殆ど、とても貴重な記録です。今までずっと聴きたいと思い続けていたものが、やっと聴けるようになりました。
録音年代を見てみると、1964年以前、まだ谷口さんが加入していない、おそらく小保方さんがトップ・テナーを務めていたころのものもありました。それは、いかにも和やかな、まるで「ダーク・ダックス」のような端正な味わいを持ったコーラスに聴こえます。それが、谷口さんに替わってからのものになると、ガラッとそのテンションが別物になっていることが感じられます。さらに年代を経て、谷口さんから飯野さんに替わっていると思われる時期のものが2曲ほどありますが、ここでは確かに別の人が歌っていることは分かりますが、コーラス自体の音色やベクトルはほとんど変わっていないことも気づかされます。ここでも、飯野さんが必死の思いでデュークの黄金期のサウンドを守り続けようとしていたことがはっきりと伝わってきます。
今でこそ、CMに使われる音楽は最初からタイアップを前提に制作されたり、既存のヒット曲そのままだったりするので、音質的には単独で聴いても何の問題もありませんが、この頃はまさに「使い捨て」のノリで作られ、録音されていたのでしょう。しかも、このCDに使われているのはそもそもオリジナルのテープではなく、何度かのダビングを経たり、場合によってはエアチェックされた物だったりしますから、音質から言ったらひどいものです。しかし、そんな劣悪な音で聴いても、デュークのハーモニーは完璧に聴こえてきます。それはまさに、今まで聴けなかった「宝の山」です。だから、こんなところでもデュークのしっかりとした足跡が聴けるのはとても幸せです。
そして、そんな現場で作られた曲たちは、もちろん後世に残ることなどは全く考えられずに作られていたはずなのに、「作品」としてもしっかりしたレベルに達していることにも、驚かされます。それだけの才能をもった作曲家が、この頃はいたのでしょうね。
前田憲男などという大御所は、服部時計店のCMではルロイ・アンダーソンの「タイプライター」を下敷きにしたユニークな曲を作っていましたね。小林亜星も、本田技研のCMなどは、よく知られているキャッチーで親しみやすい作風ではなくもっと尖ったジャズっぽいテイスト満載の曲でした。彼は、普通に考えられているよりはるかに優れた作曲家だったのでしょう。
同じように、CM界で大活躍していたのがいずみたくです。この人の場合はまさに予定調和の積み重ねで曲を作るというタイプなのでしょうが、その中に時折キラリと光るようなものを発見できる瞬間があります。デュークにとっては、いずみたくとのCMの仕事と、「にほんのうた」シリーズとは、まったく同等の価値をもって取り組むことが出来た対象だったのではないでしょうか。日本生命保険の「♪ニッセイのおばちゃん~」というCMは、そのまま「にほんのうた」の中の曲になっていてもおかしくないほどです。
実際、彼らはコンサートではこれらのCMもきちんとレパートリーにしていましたからね。その片鱗は、このCDの最後のトラックの、コンサートのライブアルバムからのメドレーでうかがうことが出来ます。
ただ、ぜひ聴きたかった「♪光る光る東芝~」という、「東芝日曜劇場」のオープニングテーマが入っていなかったのは残念でした。これは、最初はダーク・ダックスが歌っていたということで、遠慮したのでしょうか。
それと、ジャケットで和田誠による最新のメンバーの似顔絵が使われているのは、全く理解できません。トップとセカンドは、このアルバムの中では1曲も歌っていない人たちなのですからね。

CD Artwork © Universal Music LLC

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# by jurassic_oyaji | 2017-06-20 21:39 | 合唱 | Comments(0)
ここには辛口ジンジャエールがあります
 私が最近参加している1発オケ、「杜の都合奏団」は、これまでに年2回のペースで6回のコンサートを行ってきましたから、もはや「1発」ではなく、「6発」の実績のあるオーケストラになっていました。でも、それも今回の「7発目」で終わることになってしまいました。このプロジェクトは指揮者のNさんがお一人ですべてのこと、人集めから会場の手配、もちろん練習と本番の指揮もすべて行っています。なんたって打ち上げの会場手配までも行っているという、まさに「ワンマン・オーケストラ」ですからね。ですから、そのNさんが仙台からいなくなってしまうことになれば、もう存続は不可能となるのです。今度のコンサートは言って見れば、「弔い合戦」でしょうか。いや、別にお亡くなりになったわけではありませんが。
 そこで、彼が選んだのが、マーラーの大曲「交響曲第5番」です。しかも、このオーケストラの今までのサイズをはるかに超える、「16型」というフルサイズのメンバーで演奏するというのですよ。普通、オーケストラの楽器編成はスコアに書かれていますが、実際に必要な人数までは書かれていません。つまり、管楽器はどの楽器が何本ときちんと決まっていて、それぞれが別々のパートを演奏しますが、オケの要である弦楽器の場合は、単に「弦楽5部」となっていて、ファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの5つのパートだけ書かれているだけで、それぞれのパートが何人ずつ必要か、というのは、ほとんどの場合楽譜には書かれていません。「ほとんど」というのは、きっちり何人とスコアに書く作曲家とか、ファースト・ヴァイオリンだけで16種類の楽譜を作って、それぞれ別のことを演奏させようとしている作曲家も、「現代音楽」ではよくあるからです。
 もちろん、いわゆる「クラシック」と呼ばれているオーケストラの曲では、そんなことはありませんから、その弦楽器の数は、演奏家に任されていることになります。プロのオーケストラの場合、貧乏なオーケストラはたくさんの奏者は雇えないので、「12型」ぐらいになりますが、お金持ちだと「16型」とか、「18型」で演奏することができるようになります。この「〇型」の数字はファースト・ヴァイオリンの人数、それよりスコアで下段になるにしたがって通常2人ずつ減っていきますから、「12型」では「12+10+8+6+4=40」で40人、「16型」では「16+14+12+10+8=60」で60人の弦楽器奏者が必要になるのです。
 「杜の都」では、今まではせいぜい10型でやってきたものを、今回は16型まで増やそうとしていました。とてもそんなことは無理だろうと思っていましたね。ニューフィルでさえ、そんな人数には全然足らないので、毎回エキストラさんに加わってもらっていますからね。しかし、Nさんはそれを集めてしまいましたよ。16型の弦楽器に、一部の金管楽器にはアシスタントを付けて、総勢95人編成のオーケストラを準備してしまったのです。これは、人数だけだったら仙台のプロオーケストラよりも大きなサイズになっていますよ。これでマーラーを演奏すれば、ものすごい迫力が出せるはずです。
 とは言っても、やはりいろいろ忙しい人たちの集まりなので、最初から弦楽器が全員揃っているわけではありませんでした。張り切って人数分の椅子を並べてみても、かなり空きが目立つ、という状態が、今までは続いていますが、まあ、先は長いのでそのうちこれが全部埋まるようになるでしょう。いや、いまだって、ニューフィルの音出しの時よりははるかに多い人数がいるので、ぐっとくるところもありますからね。1楽章の最初に弦楽器でテーマが出てくるところなどは、最初に聴いたときにはゾクゾクしましたからね。
 ただ、正直、この曲で私の担当のフルートはそれほど重要な役目はありません。はっきり言ってかなりヒマ。Nさんも、私に「フルートはあんまり目立たないんですねえ」なんて言ってましたね。そして「次回は、もっと活躍してもらえる曲をやりましょう」と続けました。え?次回?・・いや、それはたぶん私の聴き間違いだったのでしょう。
 きのうは、午前中にその3回目の練習がありました。その時は弦楽器だけではなく、管楽器も、かなり空席が目立ちました。オーボエが誰もいないので、長い休みではきっかけが分からずに早く出てしまったりしてしまいましたね。でも、たまにはこんなシビアな練習も必要です。
 それが終わって、すぐそばのおなじみのイタリアン・レストランでランチを食べたら、ソースの中になんだか毛髪のようなものが見えました。ちょっとこれを口に入れていたらつらかったな、と、それをお皿に貼り付けておいたら、下げに来たフロア・スタッフさんが気が付いて、「申し訳ありません、お作りしなおします」なんて平謝りです。別にそんな必要もなかったので「いいですよ」と言ったのですが、結局シェフまで出てきて謝ってくれ、代金は要らないということになりました。誠意がありますね。ちょっと前に、東京の大きなお店でエビのてんぷらを食べたら背ワタが残っていた、ということがありましたが、その時には別に店長も出てきませんし、代金もしっかり取られましたからね。それが、東京と仙台との違いです。東京の人は、どこかで人として必要なことを忘れてしまっています。
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# by jurassic_oyaji | 2017-06-18 21:29 | 禁断 | Comments(0)