おやぢの部屋2
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REINECKE, IBERT, NIELSEN/Flute Concertos
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Sébastian Jacot(Fl)
David Björkman/
Odense Symphony Orchestra
ORCHID/ORC100054




2013年に開催された第8回神戸国際フルート・コンクールで優勝したスイスのフルーティスト、セバスチャン・ジャコーは、その翌年の第5回カール・ニルセン国際音楽コンクールでもめでたく優勝し、輝かしい経歴の持ち主となりました。使っている香水はジャコウ(ウソです)。今回のソロ・アルバムのタイトルは、そのコンクールの「Premiere!(優勝者!)」となっています。その時にバックを務めたオーデンセ交響楽団と一緒に、そのニルセンのフルート協奏曲とライネッケとイベールの協奏曲を録音しています。
このジャケットを見て、なんだかフルートがすごく小さく見えませんか?やはりライネッケの協奏曲が収録されているアルバムで、同じようなポーズをとっているゴールウェイのジャケ写と比べてみると、それがはっきりしますよね(フルートの長さを同じにしてあります)。


神戸のコンクールの時の写真も見つかったのですが、確かにかなりの長身であることが分かります。ゴールウェイをはじめ、シュルツとか、フルーティストには小柄な人が多いようですから、なおさら目立ってしまうでしょうね。

彼が優勝したカール・ニルセン国際音楽コンクールは、1980年にヴァイオリンのために創設され、4年に1回のペースで開催されています。もちろん、課題曲はニルセンのヴァイオリン協奏曲です。彼の協奏曲はあと2曲ありますから、1997年にはクラリネット、1998年にはフルートのコンクールも開始され、それらも4年に1度開催されています。現在ではさらにオルガン部門も加わっているのだそうです。
ご参考までに、その第1回目のフルート・コンクールの入賞者は、1位が現在のウィーン・フィルの首席奏者カール=ハインツ・シュッツ、3位がやはり現在のバイエルン放送交響楽団の首席奏者で、楽譜の校訂者としても知られるヘンリク・ヴィーゼなのですから、そのレベルの高さが分かります。なお、この時の第2位は瀬尾和紀さんでした。彼も小柄ですね。
シュッツは1975年生まれ、瀬尾さんは1974年生まれですから、彼らより1世代若いことになる1987年生まれのジャコーの場合も、やはり着実にランクの高いポストへと登ってきたようです。2006年には香港フィルの副首席、2008年にはサイトウ・キネン・オーケストラの首席、そして、2015年にはついに名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者に就任しました。
今回のCDでは、録音にちょっと難がありました。まるで1対のマイクだけしか使われていないような、なんともバランスの悪い音なんですね。それも、シロートがセッティングをしたのかと思えるほどのひどさ、オーケストラの打楽器ばかり騒々しく聴こえてくる中で、肝心のフルート・ソロは完全にオケの中に埋没しています。確かに、コンサートで実際に聴こえるのはこんな感じのバランスかもしれませんが、いやしくもフルーティストをメインに据えて制作されたアルバムであるのなら、とてもありえない措置です。
最初に演奏されていたのはライネッケ。フルートが冷遇されていたドイツ・ロマン派に於いては、フルーティストのレパートリーとしてはほとんど唯一といえるフルート協奏曲です。まず、ちょっとしたイントロのような形で聴こえてくるソロが、そんなバランスの中ではとても繊細なもののように感じられました。コンクール・ウィナーにしてはあまりにおとなしすぎる吹き方だったので、ちょっと拍子抜け。しかし、やがて現れる技巧的なフレーズでの正確無比な音の粒立ちには、さすが、と舌を巻いてしまいます。
イベールの協奏曲は、そんな彼の滑らかな技巧が存分に発揮されていて、すがすがしささえ感じられます。その分、第2楽章でのちょっと平板な歌い方は、録音とも相まって物足りません。ニルセンはさすが、オーケストラも堂に入ったものです。
ジャケットではゴールドの楽器ですが、ここではもしかしたら神戸で使っていたヘインズの木管を吹いていたのかもしれませんね。


CD Artwork © Orchid Music Limited
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# by jurassic_oyaji | 2017-01-17 23:24 | フルート | Comments(0)
練習はハードでした
 寒気の真っただ中だった週末、新しい新車で走っていると、あることに気づきました。今までの車に比べて、暖房がきき始めるまでにすごく時間がかかるんですね。これは別に寒気のせいではなく、そんなに寒くない日のころからうすうす気づいていたことでした。ご存知のように、車の暖房というのは、エンジンの冷却水によって行っています。エンジンはガソリンを爆発させて回転力を発生させる装置ですから、その時には大量の熱が放出されます。そのままではエンジンが融けてしまうので、その周りに水を流して冷やしているのです。逆に言えば、水がエンジンから熱をもらってお湯になっているのです。それもそのままでは沸騰してしまいますから、ラジエーターで外気に当て、冷却してまたエンジンに戻すのですね。ですから、その温水はそのまま暖房にだって使えるのですよ。
 ところが、e-Powerの場合は、エンジン自体はそんなに動きませんから、それほどは暖まらないのでしょう。それがもろに暖房がきくまでに時間がかかることにつながっているのでしょうね。たぶん。今のところ、これが唯一の欠点です。
 そんな車で、土日連続のオケ関係の行事に向かいます。土曜日はニューフィルの総会と新年会のワンセット。いつもなら、総会が終わって新年会までかなりの時間があるので、その間に軽く「喫茶店」などに行ってたりしているのですが、今回はなぜか総会が予想以上に長引いてしまったので、そのまま宴会場に直行という珍しいケースでした。総会で話題になったのは、正規の議案ではなく、付け足しで単なる了解事項として「お知らせ」程度のノリで提案されていたもので、何の問題もなくそのまま承認されるだろうという執行部の目論見は完全に裏切られてしまった形です。今まで当然のことのように続けていたことでも、ちょっと視野を広げて考えてみると見直しが必要だ、ということが分かることがあります。たしかに、これはニューフィルが始まった時からずっと続けていたことなのでしょうが、現実的にそれなりのスペースが確保できなくなって、それを団員の「善意」に頼ろうとした時には、別の方策を模索する必要が出てくることは必須です。
 新年会の会場は、前にも使ったことがあるお店でした。細長い部屋に見覚えがありました。私は、一番端に座っていたら、反対側の端に座った人がいきなりタバコを吸い始めました。信じられませんね。距離的にはかなり離れているので、直接煙をかぶるということはありませんが、あの忌むべき臭いは充満しています。こういう会でなければそのまま席を立っていたところですが、これにはひたすら耐えるほかはありません。何とも理不尽なことですが、これが今の居酒屋の現状。なんせ、お役所が飲食店の全面禁煙を進めようとしているのに、彼らは猛反対しているのですからね。そもそも、他の人の迷惑を考えてたった3時間タバコの我慢も出来ないような人は、人間として終わっています。
 でも、初めて食べたセリ鍋は、とてもおいしかったですね。地元でありながら、なぜか今まで食べる機会がありませんでしたが、根っこがあんなにおいしいものだったとは。
 ↑これは向かいに座っていた人が撮った写真を拝借しました。奥に私が写っています。鳥の唐揚げも絶品でしたし、飲み物もてきぱきと注文を受けてくれて、そういう点では合格だったのですが。
 日曜日は、「杜の都合」の初練習です。最近口内炎が出来たためにコンディションは最悪、少しでもポイントを取り戻そうと、3時間前からパフォーマンス広場にこもって特訓です。いつも使っている穴倉はいっぱいだったので、外で吹いていると、だんだん照明が暗く感じられるようになってきました。そんな時に穴倉に空席が出来たようなので、さっそくにそこに移動です。ここなら、楽譜もちゃんと見えます。
 しかし、隣でクラリネットを吹いている高校生の女子が、とんでもない音を出して練習していました。なんか、楽器がかわいそうになるような力任せの吹き方、立ち上がって全身の力を込めて吹いているんですね。とても集中して一生懸命やっているようなのですが、なんだかまったく報われない努力をしているような気がしてなりませんでした。高校のブラバンの子は、みんなこんな風な体育会系の吹き方をしているのでしょうかね。なんか、こんなんで音楽を楽しめるのかな、と、要らぬ心配をしてしまいましたよ。
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# by jurassic_oyaji | 2017-01-16 20:48 | 禁断 | Comments(0)
仙台に豊田さん設計の音楽ホールを?
 今朝の朝日新聞に、こんな記事が載ってました(クリックすると、大きな画像が開きます)。
 それは、ハンブルクに新しいコンサートホールがオープンしたことを知らせる記事だったのですが、その内容のメインは、そのホールの音響設計を担当したのが日本人の豊田泰久さんだ、ということでした。豊田さんといえば、日本ではサントリーホールやミューザ川崎の音響設計をなさった方としてよく知られていますが(いや、もしかしたら、あまり知られていなのかも。実際、音楽業界の方でも知らない人を見かけたりします)、永田音響設計という会社の社員で、今では世界中から引く手あまたの方、言ってみれば世界最高峰の音響設計家です。彼が世界中で手掛けたコンサートホールは数知れず、有名なところではLAのウォルト・ディズニー・コンサートホールとか、ヘルシンキのミュージック・センターなどがありますが、いずれのホールも基本的な形はほとんど同じです。もちろん、今回オープンしたホールも、まさに「豊田スタイル」を踏襲するものでした。新聞記事の中にもありますが、豊田さんはこういう形で「ツボ」を完全に抑えることが出来たのでしょうね。
 ホール全体の形と同じく「豊田スタイル」を取っているのが、ステージの山台です。この山台自体が、すでに彼の設計の骨子となっていて、音響的に重要な意味を持っているのだそうです。豊田さんとはとても親しい指揮者の篠崎靖男さんが、京都のホールで豊田さんが設計したのに今では使われていない山台を、設計通りに使ったら、音が全く変わったとおっしゃっていましたからね。
 今回のハンブルクのホールには、もちろんオルガンも設置されています(白丸の中)。ただ、それはデザイン的に非常に巧妙なものになっていました。場所はステージの斜め後ろの客席の中なのですが、オルガンの本体がある場所は、たくさんの「パイプ」で覆われています。もちろんこれは単なる飾りで音は出ませんが、そこはお客さんが自由に触っても構わないようになっているのだそうです。
 そして、実際のパイプは、その裏にこんな感じでその裏側に配置されています。
 このホールの名前は、「エルプフィルハーモニー」、そう言えば、3月に仙台にもやってくる「NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団」は、このホールが本拠地になっいて、こけら落としではこのオーエストラが演奏したそうですね。かつては「北ドイツ放送交響楽団」と言っていたオーケストラですが、このホールが出来るということで、名前を変えたのだそうです。なぜ「エルプ(Elb)」なのかわかりますか?それは、このホールが「エルベ川」に面して建っているからです。かつて倉庫だった建物をそのまま復元して、その上に新しい建物を重ねるという、「新丸ビル」とか「KITTE」みたいな発想の建物なんですね。

↑外観

↑断面図
 どうです?仙台でも、どうせ作るならこのぐらいのものを作ってみたいとは思いませんか?でも、豊田さんが音響設計を受注したのは2004年のことだったと言いますから、完成するまでには13年もかかったことになりますね。ですから、今から彼に交渉したとしても、仙台にホールが出来るのは2030年になってしまいます。今、この運動を進めている人たちは、そこまでの覚悟を持っているのでしょうかね。私だって、その頃まで生きているかどうか・・・。
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# by jurassic_oyaji | 2017-01-15 14:11 | Comments(2)
TYBERG/Messes
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Christopher Jacobson(Org)
Brian A. Schmidt/
South Dakota Chorale
PENTATONE/PTC 5186 584(hybrid SACD)




1893年にポーランド系のヴァイオリニストの父親とピアニストの母親との間にウィーンで生まれたマルセル・ティーベルグ(これが、ブックレットにある表記、日本の代理店による表記とは微妙に違います)は、簡単にお茶が飲めるようにした(それは「ティーバッグ」)のではなく、作曲家、指揮者、ピアニストとして活躍し、多くの作品を残しました。1927年に作られた彼の「交響曲第2番」は、友人だったラファエル・クーベリック指揮のチェコ・フィルによって1930年代に初演されています。
しかし、彼の4代前の高祖父がユダヤ人だったということから、第二次世界大戦が勃発して身の危険を感じたティーベルグは、親しい友人だったイタリア人医師のミラン・ミークに、全ての作品の自筆稿を託します。案の定、ティーベルグはナチスによってアウシュヴィッツに送られ、1944年に処刑されてしまいます。ミラン・ミークは1948年に亡くなりますが、彼が預かった楽譜は息子でやはり医師となったエンリコ・ミーク(彼は、ティーベルグその人に和声学を学びました)に受け継がれ、1957年に彼がバッファローの癌研究所の所長となって渡米した際にも、一緒にかの地へ運ばれていったのです。
エンリコ・ミークは、1980年代になって、アメリカでティーベルグの作品を演奏してもらおうと、活動を始めます。1990年代の中ごろには、ヨーロッパに戻ってラファエル・クーベリックの元を訪れ、ティーベルグの楽譜が無事に残っていることを伝え、演奏を打診しています。しかし、クーベリックは楽譜がきちんと保管されていたことを非常に喜んだものの、しばらくして亡くなってしまったので、彼が演奏する機会はありませんでした。
最近になって、そのプロジェクトはやっと実を結びました。現在のバッファロー・フィルの音楽監督、ジョアン・ファレッタが、ティーベルグの作品を演奏して録音する価値を見出し、その成果が、NAXOSから2枚のアルバム(8.5722368.572822)となってリリースされたのです。
2008年5月に行われたそのアルバムのための最初のセッションでは「交響曲第3番」が録音されましたが、その時のレコーディング・プロデューサーが、サウスダコタ・コラールのこれまでのアルバムを手掛けてきたブラントン・アルスポーでした。そこで、アルスポーはミークの保存していた楽譜の中から、ティーベルグが残した(残せた)すべての宗教曲である2曲のミサ曲を、この合唱団によって録音したのです。
それは、1934年に作られたト長調のミサ曲と、1941年に作られた「簡単なミサ」という表記のあるヘ長調のミサ曲で、いずれもオルガンと混声合唱のための作品です。一部でソリストが出てくるところがありますが、それはこの合唱団のメンバーによって歌われています。作品はどちらもフル・ミサの6つの楽章から出来ていて、「ト長調」は演奏時間が40分ほどの大曲ですが、「へ長調」は25分しかかかりません。それが「簡単な」といわれる所以なのでしょう。実際、「ト長調」はフーガなども出てくる複雑な形をとっていますが、「へ長調」はすべてホモフォニーで作られていて、とてもシンプルです。いずれからも、ブルックナーの宗教曲にとてもよく似たメロディとハーモニーが聴こえてきます。例えば、「へ長調」の最初の「Kyrie」のテーマは、へ長調→変ホ長調→変ニ長調という全音ずつ下がるコード進行ののち、さらに半音下のハ長調となって解決するという、まさにブルックナーそのものの和声ですからね。とはいえ、この「へ長調」に漂う何とも言えない安らぎ感には、なにか安心して身を任せられる空気が漂っています。「Agnus Dei」での、涙が出そうになる美しさには、胸が締め付けられます。
この合唱団、今までのアルバムほどの精度はありませんが、初めて音となる作品の魅力を伝えられるだけのしっかりとしたスキルは確かに持っていました。さらに、スウェルを多用して表現力を最大限に発揮しているオルガンも、とても素敵です。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.
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# by jurassic_oyaji | 2017-01-14 22:47 | 合唱 | Comments(0)
新入団員が来てましたが、転勤で退団する人もいました
 「今年は暖冬だ」とか、つい最近誰かが言っていたような気がしますが、とんでもありません。このところの寒さときたら、とても立派な冬がやって来たではありませんか。とは言っても、このあたりはまだ雪が降ってもちょっと空が晴れればすぐに融けてしまいますから、かわいいものですけどね。今朝職場に行ったら、裏手の墓地のあたりが雪でとても美しい風景を作り出していました。そこで、さっそく写真を撮ります。それは、職場のサイトに載せるためのものですが、撮ってみたら結構良いものだったので、こちらでも披露させてください。
 それで、きのうの夜はそんな雪は殆ど道路からはなくなったものの、なんだかところどころ凍結しているのではないか、というようなコンディションのところを走って、今年初めてのニューフィルの練習に向かいます。新しい新車で凍結路を走るのは初めてですから、あくまで慎重に走っていると、交差点で停車した時にいきなりアラームが鳴り出しました。この車にはしつこいぐらいの安全装備が施されていて、近くに何かがあるとそれを知らせてくれるようになっています。その距離に合わせて、最初は「ピッ、ピッ」から始まって、近づくにつれて「ピピピピピ」、もうぶつかる!ということろまで来ると「ピーーーー」と連続したアラームが鳴るのです。ですから、単に駐車場に入れるようなときでも、後ろに車がいるとかなり前から「ピッ、ピッ」が始まります。ところが、その時に鳴ったのはその最終段階の「ピーーーー」だったのですよ。ナビがディスプレイになっていて、前方に物があることが表示されているのですが、もちろん、目の前にはそんなものはありません。
 走り出すと、そのアラームは止まりました。でも、そこから駐車場に入ると、やはり何度も何度も同じアラームが出ます。きっと、こういう気候だったので誤作動だとは思うのですが、なんかうるさいですね。あとでディーラーさんに聞いてみましょうね。
 練習場に入ったら、1年ぶりに再会する人がすでにたくさんいました。その中に、去年私が車を買い替えることを話していた人もいて、「なんでリーフじゃなくてノートe-POWERにしたんですか?」と聞いてきました。確かに、普通の人だと電気自動車だったら、わざわざガソリンエンジンを積まなくても充電すればいいのでそっちの方が合理的なのでは、と考えるのでしょうね。そこで私は、その件について考えていたことを教えてあげましたよ。こんな感じです。
 
リーフのような電気だけで走る電気自動車は、かつて原発が全国で稼働していて、電力が余っていた時代にその電気を無理にでも使わせるために開発されたものでした。当時はやった「オール電化」という思想も、そういう流れから来ています。それは、原発はずっと安全に大量の電気を生み出してくれる、という前提に立った思想です。しかし、今は時代が変わり、そのようなことは意味を失いました。言ってみれば、リーフはもはや時代にそぐわない「失敗作」となっているのです。今「1ヶ月乗り放題で電気代が2000円」というキャンペーンが行われていますが、これなどは最後の悪あがきにしか見えません。現実に、充電を行うためのステーションは普通のガソリンスタンドに比べたら微々たるものですから、充電そのものも手軽にできるとは限りませんし。だったら、リーフで培ったノウハウを、ノートのような形で実現させる方が、現実的です。
 まあ、結局ガソリンで発電するのですから、資源を食いつぶしていることに変わりはないのですが、少なくとも原発に頼っている電気を使うよりはましだろう、ということで、同じ電気自動車だったらこっちの方がいいな、と思っているところなんですけどね。
 どこまでが本当に言ったことなのかは分かりませんが、一応私としてはそんなことを考えているのだ、ということです。
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# by jurassic_oyaji | 2017-01-13 21:53 | 禁断 | Comments(0)