おやぢの部屋2
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ORFF/Carmina Burana
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Laura Claycomb(Sop), Barry Banks(Ten)
Christopher Maltman(Bar)
Richard Hickox/
Tiffin Boy's Choir
London Symphony Chorus and Orchestra
CHANDOS/CHSA 5067(hybrid SACD)



ロンドン交響楽団のCDといえば、最近の新譜は自分のところのレーベル「LSO LIVE」だけだと思っていたら、CHANDOSからも200711月の「ライブ」録音がリリースされました。とは言っても、録音スタッフはジョナサン・ストークスを中心にした「LSO」でお馴染みの顔ぶれですから、現場は「LSO」と変わることはないのでしょう。予想通り、ここで聞ける音は、まさに「LSO」そのものの、ヌケの良い繊細なものでした。もちろんSACDですから、「カルミナ・ブラーナ」にはうってつけでしょう。
ヒコックスという指揮者は、主に合唱の付いた曲でしか馴染みがありませんでした。実際はオペラも、そしてもちろんシンフォニーも振っているのでしょうし、映画も作っている(それは「ヒッチコック」)のですが、なぜかオーケストラの付いた合唱が得意な指揮者、みたいな印象が強いような気がします。ただ、今まで聴いたものの中では、あくまで中庸を目指した音楽作りが彼の目指しているもののような感じがしていました。決してハメを外さない、紳士的な演奏、でしょうか。
今回も、基本的にはそのようなひたすら角の立たない、その分刺激は少ないという芸風は変わってはいないようでした。ただ、そんな中でもオーケストラのちょっと粋な「小技」が垣間見られるのは、もしかしたらオケのメンバーの自発的な音楽性が、そんなユルい指揮ぶりから誘発されてきた結果なのでしょうか。ひときわ目立つのが、フルート奏者のとても懐の深いフレーズの作り方です。これは指示されて出来るようなものではありませんから、やはり締め付けの少ない指揮者のもとで、思い切り歌い込んでやろうという気合いのあらわれだったのかもしれませんね。
逆に、そんな指揮者だからと、手を抜きにかかっている人もいませんか?ファゴット奏者などは、12曲目のテノールのソロのイントロの出だし「D-Cis」というとても高い音を、替え指を間違えたのでしょうか、どう聞いても「D-D」と、同じ音を出しているとしか思えないという醜態を見せています。もっとも、ここは有名なファゴットの難所、ここが吹けないためにわざわざプロのエキストラを頼んだというアマオケのファゴット奏者がいたぐらいですからね。
そんなユルさは、もろに合唱を直撃、なんともいい加減な音程で、がっかりさせられます。しかし、録音にも助けられたのでしょうか、細かいことを言いさえしなければ、雰囲気としてはなかなかのものではありますし、オーケストラとのバランスも特に不満は感じられません。大人の合唱よりも、児童合唱の方がはるかに存在感があるのには笑えますがね。
ソリストの関しては、なんの不安もありません。バリトンのモルトマンは、柔らかい声と的確なリズム感が身上なのでしょう。変に崩したりしないところが、この指揮者の音楽の中では生きています。テノールのバンクスも、あくまで真面目にこの「役」に没頭しています。中でも出色なのはソプラノのクレイコム。普通、この曲のソプラノというと、レッジェロ気味の軽い声の人が歌うものですが、この人はかなり太い、どちらかというとドラマティコっぽい声のように聞こえます。それが、とてもいいのですよ。もちろん、最高音のDを軽々とクリアする技を持っていて、そこに力強さが加わるのですから、そこからはとても断定的なメッセージが発せられることになります。それは、この曲全体のイメージすらも変えてしまうほどの力を持ったものでした。
こんな大編成の曲でも、細かい楽器の音がしっかり聞こえてくる録音は素晴らしいものです。それがあまりに精緻なものですから、お客さんが入っていないリハーサルのテイクと本番のテイクとの違いまで、はっきり分かってしまうのは、皮肉なものです。
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by jurassic_oyaji | 2008-11-06 23:47 | 合唱 | Comments(0)