おやぢの部屋2
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Percussion Masterpieces
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Renato Rivolta/
I Percussionisti della Scala
STRADIVARIUS/STR 33816



ミラノのオペラハウス、スカラ座のオーケストラは、ピットに入ってオペラの伴奏をするほかに、「スカラ座フィル」という名前でコンサート活動も行っています。そんな団体の打楽器セクションのメンバーが集まって作られたのが、この「スカラ座の太鼓叩きたち」というアンサンブルです。
クラシックの打楽器アンサンブルというと、なにか暗~いイメージがつきまといませんか?真っ黒なシャツに身を包み、求道者のような姿でうつむき加減にひたすら叩き続ける、といったような。「ストラルブール・ペルクシオーン・アンサンブル」が演奏するクセナキスとか、「ネクサス」というどこかのレーベルみたいな名前(それは「ナクソス」)のグループによるライヒなどは、まさにそんなイメージそのもののような気がしてなりません。
彼らの本拠地スカラ座で行われたコンサートのライブ録音は、そのライヒによる「ドラミング」で始まりました。この、ライヒ初期の大作は全部で4つのパートから出来ていて、続けて演奏するとそれだけで一晩のコンサートが終わってしまうほどの長さを持っていますが、ここではその「パート1」だけが演奏されています。他のパートにはマリンバやピッコロ(打楽器じゃないじゃん!)も加わってある種カラフルな趣もあるのですが、「パート1」で使われるのは「音程のある小さなドラム」だけ、まさにそのタイトル通りのモノクロームの世界が広がるはずです。確かに、ライヒ自身やさっきの「ネクサス」のメンバーによる1974年の初録音(DG)は、この作品のコンセプトであるリズムの位相のズレを精密に追求した、言ってみれば「機械的」で「クール」な肌触りに支配されていたはずです。
しかし、このイタリア人のアンサンブルは、とても同じ曲とは思えないほどの印象を与えてくれます。第一に設定されたテンポの違い、聴いただけではDG盤の倍近くに聞こえるほどの軽やかなテンポで、まずそのアプローチが決して深刻なものではないことを明らかにしてくれます。さらに、ライヒの楽器指定がどのようになっているのかは分かりませんが、時折「楽器」ではなく、「ヴォイス・パーカッション」のようなものが聞こえてくるのも、興味をそそられます。「ドラム」の音さえあれば、なんで出そうが構わないだろうという明るい発想なのでしょう、そこからはいとも新鮮な息吹き(確かに)を聴き取ることが出来ます。
実際のコンサートがどうだったのかは分かりませんが、CDではこの曲が最も新しいもので、演奏が進むにつれて次第にその曲が作られた年代がさかのぼる、という構成になっています。次のチャベスの曲は初めて聴きましたが、鍵盤打楽器によって演奏される12音っぽいフレーズが、妙に郷愁を誘います。続いてのシュトックハウゼンの「ツィクルス」と、ケージの「コンストラクション」という、いわば「古典」でも、どこか弾けた感覚が心地よいものでした。
そして、最後に控えているのが、まさに打楽器アンサンブルの魁とも言うべき、ヴァレーズの「イオニザシオン」です。この曲も、確かにサイレンを使ったりしたユニークさはあるものの、ただやかましいだけのもの、といった印象があったものが、この演奏でまるで異なる風景を見せつけられてしまいました。打楽器だらけの響きの中から、確かに「フレーズ」が、いや、ひょっとしたら「メロディ」が聞こえてきたのですよ。それは、多くの打楽器のつながりの中からごく自然に立ち上がってきたもの、ただのスネアドラムのロールの中にすら、「歌」があるという恐るべきものでした。これはもしかしたら、作られてから70年以上も経って初めてこの作品の真の姿が見えた瞬間だったのかもしれませんよ。おそらく満席だったスカラ座の聴衆の暖かい拍手が、それを物語っているのかも。
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by jurassic_oyaji | 2008-11-24 21:29 | 現代音楽 | Comments(0)