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俺ら東京さ行ぐだ
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 けさ、朝日新聞の土曜版を見てみたら、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」のことが書いてありましたね。この曲が作られてからもう24年も経っていたというのにも驚きましたが、なんと、今この曲がネットを中心に大ブレイクしているそうなのですよ。オリジナルではなく、「ヒップ・ホップ」として、他の曲のサンプリングなども交えて様相は変わっているのですが、「テレビもねぇ、ラジオもねぇ」という「語り」というか「叫び」の部分は、ラッパーがラップで「歌って」いるそうなのです。というか、吉幾三自身も参加しているとか。つまり、この曲が「元祖ラップ」として再評価されている、というのですね。
 その記事の中で、この曲が作られた背景のようなものが紹介されていました。なんでも吉さんが入院していた時に友人から貸してもらったレコードを聴いていたら、それが当時は日本ではまだ珍しかった「ラップ」で、吉さんはそれにすっかりはまって、そのノリでこの作品が出来上がったのだ、というのです。つまり、作曲者である吉さんは、これをまさに「ラップ」として作ったのですね。しかし、もちろんその当時はそんなことは明らかにはされてはいなくて、例えば「秋田音頭のようなもの」みたいな言い方が、この曲に対してなされていたような気がします。この記事の中でも、「当時、この曲で『ラップ』を連想した日本人は少なかったろう」と言いきっています。
 ですから、私はそんな「数少ない日本人」の1人になるのでしょうね。この曲を最初に聴いた時、「これはラップだ」と思いましたからね。確かに、当時私のまわりで「ラップ」などという言葉を知っている人はまずいませんでした。「サランラップなら知ってるけど」でしたものね。でも、なぜか私はそんな黒人のムーブメントが、ポップ・ミュージック(絶対に「洋楽」なんて言葉は使いたくありません)の中に浸透していたことはよく知っていました。そして、それが日本語によって日本のポップスの中に取り入れられたものが、この曲だと、瞬時に思ってしまったのです。
 確かに、この曲には本来のラップが持っていたハチャメチャなエネルギーが、「笑い」の形に昇華されています。そこにこそ、完成度の高いエンタテインメントとしての価値があったのでしょう。
 もちろん、それからしばらくしてラップは「きちんと」輸入されることになりました。しかし、それらは例外なく、黒人の作り上げた文化をそのままなんの考えもなく日本に導入したものに過ぎませんでした。黒人の仕草やしゃべり方を、そのまま日本人が真似をすれば、同じようなエネルギーが伝わるのだろうという、まさに勘違いの産物だったのです。彼らの最大の誤算は、日本語でも英語と同じようなグルーヴが出せると考えた点でしょう。しっかり韻を踏んだつもりでいるそのライムは、いたずらに薄汚いものでしかありません。外国の文化を無批判に受け入れてきた日本人が犯した、また一つの過ちが、この「日本語ラップ」なのです。
 そんなラップが蔓延している中での、この「俺ら東京さ行ぐだ」の注目は、もしかしたらそんな欺瞞に敏感な若者の、抵抗の現れだったのかもしれませんね。
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by jurassic_oyaji | 2008-11-29 21:54 | 禁断 | Comments(0)