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MOZART/Requiem, STRAVINSKY/Les Noces
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Herbert Kegel/
Rundfunkchor Leipzig
Rundfunk Sinfonieorchester Leipzig
DREAMLIFE/DLCA 7029



前回の書籍の中で、最近ケーゲルによるモーツァルトの「レクイエム」の録音が初めて世に出たというニュースが述べられていました。もちろん、今までディスコグラフィーにはなかったものですから、これは聴いてみないわけにはいきません。1955年の10月に録音されたという、この曲に関してはかなり初期の録音、相当に貴重なものです。
今でこそ、この作品は、モーツァルト自身がすべてを作ったものではないことは広く知られており、どの曲のどの部分がジュスマイヤーによって後に書き加えられたものであるか、とか、どの曲がジュスマイヤーの完全なオリジナルであるか、などということがほぼ明らかになっています(あ、もちろん、最初に出版された「ジュスマイヤー版」についての話ですが)。しかし、そんなことが表立って議論されるようになったのは、ジュスマイヤーの仕事に対する批判として1971年にフランツ・バイヤーによるいわゆる「バイヤー版」が出版され、それに基づいたレコードが1974年に録音されてからのことなのではないでしょうか。それまでは、一般リスナーにとっては「モーツァルトが残したスケッチを元に、ジュスマイヤーが仕上げた」という認識がごく一般的なものだったはずです。当時のリスナーがこの曲の情報として拠り所とした多くの「解説書」を読めば、それは明らかなこと、例えば、1961年に出版された「モーツァルト」(海老沢敏著・音楽之友社刊)には、次のような記述が見られます。
さらに〈サンクトゥス〉も、冒頭は、オーケストレーションを除いては、モーツァルト自身のものであり、以下の部分も、ある程度スケッチされていたものと考えられる。〈ベネディクトゥス〉や〈アニュス・デイ〉なども、部分的にはスケッチが残され、ジュースマイアが、それを完成させたものである

現実には、その当時に使われていたブライトコプフの出版譜では、きちんとモーツァルトが作ったパートとジュスマイヤーが補作したパートが明記されていますから、演奏家レベルではもう少しシビアな事実が分かっていたはずなのですが、リスナーのレベルではこんな、今となっては明らかに間違っている情報が流布していたのです。もっとも、「sequentia」の最後の曲である「lacrimosa」の途中でモーツァルトが筆を置いている、という事実だけは強調されていましたから、そのあとの「offertorium」までもが自作ではない、という風に思いこんでいる人は結構いたはずです。ちょっと「通」ぶって、「後半の曲は偽物だから聴かない」と得意げに振る舞うつー人には、実は今でもお目にかかれます。
そんな状況にあった時代、ケーゲルはことさらにその「偽作」の部分が、「真作」であることを願っていたのかもしれません。なにしろ、バセットホルンをクラリネットで代用したオーケストラや、例えば「kyrie」のフーガでは、それぞれのパートの入り方に全く整合性がないといういい加減な合唱にちょっと白けてしまうこの演奏にあって、その合唱がもっともハイテンションの輝きを見せているのが、他ならぬ「sanctus」なのですからね。そう、その異常とも言える張り切りようには、「なんでそんなに頑張っているんだろう」という本心などいともたやすく退散せざるを得ないほどの、思わず曲の前に跪きたくなるようなオーラさえ宿っていましたよ。
その1年後に録音された、カップリング曲の「結婚」では、そんな複雑な思いなどさらさら感じることはない、歯切れの良い「現代音楽」のノリが聴けたのは、幸せなことでした。なぜかこのCDには、ソリストに関するクレジットが全くないので判断のしようがないのですが、モーツァルトとはうってかわって軽やかに振る舞っているソリストたちと、とても同じ団体だとは思えない合唱団は、ストラヴィンスキーのオルフ的な側面を、見事に浮き彫りにしてくれました。
by jurassic_oyaji | 2008-11-30 20:08 | 合唱 | Comments(0)