おやぢの部屋2
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BRUCKNER/Symphony No.4(First Version 1874)
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Roger Norrington/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
HÄNSSLER/CD 93.218



ノリントンのことだから、ブルックナーの4番を録音するのなら「第1稿」だろうと思っていたら、予想通りの新譜が登場したので、すっかり嬉しくなってしまいました。そして、その演奏を聴いてみたところ、こちらは予想しなかったほどの、そう、まさにこの曲に対するイメージがガラリと変わってしまうほどの充実したものでした。嬉しさもひとしおです。
この演奏を聴いてまず連想したのが、彼が以前に録音したベートーヴェンの交響曲でした。あの時は、楽譜には書かれていないようなさまざまな表情を加えて、思い切り生命感あふれたものに仕上げていましたが、それをこのブルックナーでも存分に行っていたのです。広く用いられている「第2稿」ではなく、「第1稿」を選んだ時点で、そんな彼の戦略は決まっていたのでしょう。
第1楽章では、最初の弦のトレモロからして、「ブルックナー開始」などと言われているようなモヤモヤしたものではなく、もっと強い意志のこもった「ガリガリ」という感じ。これだけでもはや従来のブルックナー像を打ち砕くには充分でしょう。それに乗って登場するホルンは、ナチュラルっぽい響きを持った、野性的なものに聞こえます。そして、聴きなれた「第2稿」とは異なっているフレーズに何度も遭遇しているうちに、これは決して「ロマンティック」なものではない、もっと力のこもった、ある意味粗野な音楽ではなかったのか、という感慨が湧いてきます。
第2楽章では、チェロやヴィオラのたっぷりとしたパート・ソロが、例の「ノン・ビブラート」で演奏されます。マーラーあたりだとかなりの違和感があるものが、ブルックナーではなんともすんなり受け入れられてしまうのが、不思議です。ビブラートをかけなくても、こういう息の長いフレーズで充分な表情を出すことは可能なことが思い知らされます。逆に、そうやって作られた音楽の方が、より逞しいものに感じられはしないでしょうか。さらに、この楽章で突然気づいたのが、そんな弦楽器が管楽器と見事にハモっているという情景です。ある瞬間、ヴィオラパートと木管が一緒になって美しいハーモニーを作り上げるという箇所が確かに見られました。これは、もしかしたら大発見。これからこのオーケストラを聴く時の、重要なチェックポイントになりました。後半の盛り上がりも、圧倒されるほどの激しさです。
第3楽章は、「第2稿」とは全く別の音楽ですから、普段はあまり身を入れて聴くことはありませんでした。なんか単純すぎるモチーフだな、と。しかし、ここまで体験してきた「粗野な」流れの中では、この楽章の意味がまったく違って感じられてしまいます。この交響曲には、この形の第3楽章が本当は必要だったのではないか、と、本気で思わせられるような、ノリントンの伸び伸びとした演奏が、とても魅力的です。
そして、フィナーレです。パワー全開となったオケが醸し出す「5拍子」の世界は、今まで「第1稿」を聴いてきた中では初めての体験のような気がします。なぜブルックナーがこんなヘンテコなリズムを執拗に用いたのか、良く分かったような気になることは間違いありません。思うに、最後のクライマックスに向かうなんの変哲もないトゥッティこそが、ノリントンの最大の見せ場だったのではないでしょうか。ブルックナー特有の退屈な繰り返しに過ぎないのだとばかり思っていたものが、ノリントンの手にかかるとてつもないうねりを持つ表情豊かでダイナミックな音楽に変わります。そんな情熱のほとばしりが最後にたどり着くポリリズムのエクスタシー、この快感は、とても言葉では伝えられません。
「第2稿」では決して表現することの出来ない、荒削りなブルックナーの素顔、「第1稿」の可能性を極限まで追求したノリントンには、脱帽です。そして、ぴったり息の合ったパートナーのオケにも。それは、まるでオグシオのよう(「バドミントン」ね)。
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by jurassic_oyaji | 2008-12-06 22:07 | オーケストラ | Comments(0)