おやぢの部屋2
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VIVALDI/4 Concerti for Piccolo & Orchestra
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Hans Wolfgang Dünschede(Pic)
Philharmonia Quartet Berlin
DENON/COCO-70966



かつての日本コロムビアが残した膨大な録音を1枚1000円でご提供するという「クレスト1000」の最新リリース分から、1982年録音のヴィヴァルディのピッコロ協奏曲集です。昔から欲しくてしょうがなかったアイテムなのですが、なぜかいつも、すぐには手に入らない状態にあったものですから、やっと念願が叶いました。元ベルリン・フィルの名手、デュンシェーデの名演を、心ゆくまで楽しむことにしましょうか。今日のクレストの誕生日のプレゼントにもいいかも。
ハンス・ヴォルフガング・デュンシェーデは、カラヤンやアバド時代のベルリン・フィルの中で、まさにピッコロパートの「顔」としての存在感を誇っていました。ひげ面の、まるで熊のような男が、ちっちゃなピッコロを演奏している姿は、ちょっとユーモラス、しかし、「一発勝負」の多いこの仕事を、彼は常に完璧にこなしていました。もちろん本来はフルート奏者ですから、オケのメンバーが作ったアンサンブルの中ではフルートを吹いていました。
実は、彼がピッコロ奏者として一躍有名になったことが、今から10年以上前にありました(いえ、そんな大げさなものではなく、単にマニアの間でウケていただけの話なのですがね)。今では広く知られるようになったベーレンライター版の「第9」が出版されるちょっと前のことですが、アバドとベルリン・フィルの録音で、フィナーレの最後のピッコロのDの音が、1オクターブ高く演奏されている、と、ごく一部の人が大騒ぎを始めたのですよ。その顛末は単行本(金子建志著「交響曲の名曲・1」1997年音楽之友社刊)によってつぶさに検証出来ますが、要するにこの最後のピッコロの音をオクターブ上げるのは、新しく校訂された楽譜に拠ったことなのか、という、今となってはなんとも他愛のない議論です。結局、それはピッコロ奏者の一存によるアド・リブだったということで落ち着くわけですが、その時の「ピッコロ奏者」というのが、まさにこのデュンシェーデだったのです。
確かに「第9」には、作曲された当時の楽器では出せない高い音を、泣く泣く1オクターブ低く書いてあるところがたくさんありますから、現代の楽器で演奏するときにはそれを上げて吹くのはよくあることです。しかし、この「D」というのは、ト音譜表の上に加線を6本付けた音の、さらに1オクターブ上という、ピアノの最高音よりも高い音、プロの奏者でも、これを100%決めるのは至難の技です。それをこともなげに成し遂げたデュンシェーデには、密かに尊敬の念が広がったものです。
ヴィヴァルディの「ピッコロ協奏曲」は、本当はソプラニーノ・リコーダーのために作られたものだ、と言われています。そんな出自を明らかにするかのように、デュンシェーデのピッコロからは、この楽器特有のつんざくような音は影を潜め、そんな素朴な木管楽器そのもののような音色が聞こえてきます。そこに、リコーダーで演奏した時にはおそらく考えられないような、素晴らしい音程が加わった時、そこには完璧なまでの輝かしい世界が広がります。もちろん、テクニックも完璧、両端の楽章の技巧的なパッセージと、真ん中の楽章の叙情的な美しさは、ともに豊かに花開くことになります。中でもRV443のハ長調の曲でのめくるめく超絶技巧は、完成されたもののみが持つオーラに近い輝きを放っています。
ブックレットに載っている録音時の写真を見ると、通奏低音としてモダン・チェンバロが加わっているのが分かります。1982年の時点でも、まだこの楽器が使われていた現場は存在していたのですね。確かに、このピッコロ、そして、他のモダンの弦楽器を支えるのにこの楽器が大きく貢献していることは間違いありません。そう、この微塵の曖昧さもない均質化された演奏は現代に於いてしか完成し得ないヴィヴァルディ、そこからバロック時代の「綾」を感じ取るのは不可能なことです。
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by jurassic_oyaji | 2008-12-24 20:39 | フルート | Comments(0)