おやぢの部屋2
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DONIZETTI/Messa da Requiem
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Soloists
Alexander Rahbari/
Prague Chamber Choir
Virtuosi di Praga
PROFIL/PH08026



三が日なのに、またまた「レクイエム」とは。
ベッリーニと並んで、19世紀の「ベル・カント・オペラ」の大家として多くのオペラ(72曲と言われています)を作ったドニゼッティには、オペラ以外のジャンルでの作品も多く存在しています。しかし、たまに「フルート・ソナタ」などは耳にすることはありますが、現在ではそのような室内楽や交響曲、そして宗教曲などは全く忘れ去られてしまっています。いや、メイン・ジャンルのオペラでさえ、まだまだ上演されるものはごく限られた演目だけ、その全容が明らかになるにはまだかなりの時間が必要なのでしょう。
この「レクイエム」は、彼のライバルであったヴィンチェンツォ・ベッリーニが、1835年に33歳の若さで亡くなってしまったときに、彼とベッリーニ双方の楽譜を出版していたリコルディ社から要請があって作曲に着手したものです。しかし、ベッリーニのテーマを用いた「葬送交響曲」はそうそうに完成したものの、肝心の「レクイエム」は、未完に終わってしまいます。それは、予定されていた演奏会が、後援者の援助打ち切りのために中止となってしまったからなのです。結局この作品は、まるでモーツァルトの同名の作品のように「サンクトゥス」、「ベネディクトゥス」そして「アニュス・デイ」が欠けたままで、出版されることもありませんでした。それが出版と初演を迎えるのは、彼の死後22年を経た1870年のことでした。もちろん、それは弟子による補作の手などは加わっていない、ドニゼッティが残した未完の形で、でした。
同じようなオペラ作曲家による「レクイエム」としては、なんと言ってもヴェルディのものが最も良く知られています。そんな、オペラティックなレクイエムという外観は、この作品にもたやすく見いだせる特徴、死者を悼むにしてはなにか明るすぎる曲調には、ちょっとしたとまどいも感じられてしまいます。そんな、殆どオペラと変わらない「ドニゼッティ節」が満開になるのが、7曲目の「Judex ergo」あたりからでしょうか。ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン、バスという5人のソリストたちは、あるときはソロで、あるときはアンサンブルで、このあたりの劇的なテキストを華やかに演じてくれています(あいにく、ライナーにはどの曲を誰が歌っているかという情報が全く欠けています)。12曲目の「Oro supplex」などは、まさに「ズン・チャッ・チャ」のノリですから、笑えます。
5曲目の「Dies irae」は、ヴェルディなどでも見られるようなお約束の「恐怖心」を煽るために、いきなりティンパニのロールで始まる、というダイナミックな「工夫」が見られます。そして、それと全く同じことを11曲目の「Confutatis」で行っている、というのは、作品としての構成感を持たせる、やはり「工夫」だったのでしょうか。しかし、最後の曲となった「Libera me」のあとに「Kyrie」が再登場するときには、最初(2曲目)とは全く異なった音楽になっているのは、どういう意味を持つのかは、なにしろ全体の姿が明らかになっていないのですから、知りようもありません。
ベッリーニというのは、彼にとってはライバルというよりは商売敵、彼の死によって、ドニゼッティはまさにオペラ界での名声を独り占め出来るようになりました。そんな「喜び」の正直な心情が、この曲にはまざまざと反映されているのでは、と感じるのは、いけないことなのでしょうか。
ただ、13曲目の「Lacrimosa」には、明らかに浮ついていない、真の「悼み」の心を感じ取ることが出来ます。この曲を締めくくる「アーメン」の二重フーガも、なにか罪滅ぼしのように聞こえてしょうがありません。
これは、他のレーベルの10年前の音源が移行されたもの、おそらく、この曲の3度目の録音になるのでしょうか、資料としての価値には代え難いものがあります。しかし、録音はまるで圧縮をかけたネット配信のようなお粗末なもの、演奏の水準も決して高くはありません。こちらで聴くことも出来ます。

CD Artwork © Profil Medien GmbH
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by jurassic_oyaji | 2009-01-03 21:00 | 合唱 | Comments(0)