おやぢの部屋2
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クラシック新定番100人100曲
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林田直樹著
アスキー・メディアワークス刊(アスキー新書
089
ISBN978-4-04-867512-3



先日テレビを見ていたら、「クラシック」の番組にゲストで出演していたのが、「クラシック」の愛好家であるというさる著名人でした。しかし、その方の興味の対象はもっぱら「ブルーノ・ワルター」あたりで止まってしまっているようで、その番組のテーマである「ダニエル・バレンボイム」などという人の名前は聞いたこともないというのには驚いてしまいました。おそらく、その方にとっての「クラシック」とは、そのワルターがレパートリーとしていたいわゆる「古典派」や「ロマン派」の音楽がすべてなのでしょうね。その方の中では、「古楽」や「現代音楽」といったものは、「クラシック」とは全く別の範疇の音楽であるに違いありません。もちろん、ワルターにとってマーラーがバリバリの「現代音楽」であったことなど、彼には思い及ばないはずです。
いや、「クラシック愛好家」と言われている人たちの多くは、実はこの方と同じような嗜好の持ち主なのではないでしょうか。それは、別に悪いことでもなんでもはありません。現に、そのような人たちを導く立場にあるはずの「評論家」でさえも、例えば「古楽」とか、極端な場合は「古楽風の演奏」さえも認めないという強い意志を貫き通してらっしゃることもあるのですからね。
そんな、もしかしたら「クラシック」とはバッハから始まったほんの200年足らずの間の音楽だと今でも信じている(信じさせられている)人にとっては、ここで扱われている100人の作曲家の生年のスパンが450年にも及んでいることが、まず信じがたいものに違いありません。しかし、そんな未知の作曲家の名前に直面しても、何もおびえることはありません。林田さんの、それぞれの作曲家に寄せる眼差しは、決して「評論家」にありがちな教条的なものではないからです。林田さんは、あるときは自らの体験を語ったり、またあるときは音楽とは全く無関係に見えるエピソードを披露したりと、さまざまな手法でその作曲家が林田さんにとってどれだけ大切なものであるかを「告白」してくれているのです。
そう、これはまさに、とぎすまされた感受性を持ったジャーナリストの「信条告白」に他なりません。そして、そこで語られる体験の数々は、まさに林田さんの今までの仕事の根幹をなすものであったはずです。特別なことがなければ接することなど出来ないような「巨匠」たちと直に接する機会を多く持てた立場にあったことは、彼にとっては何にも代え難い財産だったに違いありません。スメタナの項で登場するクーベリックなどが、その生々しい実例、その指揮者の知られざる素顔を紹介するだけで、すべてのものを語っています。もちろん、多くの参考文献による、客観的なデータも満載です。それを裏付ける、巻末5ページにわたる膨大なリストには、圧倒されます。
これだけ長期の時代にわたる作曲家の紹介で、林田さんが心がけたのが、すべての人を同等の価値観で扱う、ということだったのでしょう。それぞれに割かれた紙面は、3ページから4ページだけ、ごく希に5ページなどとつい語りすぎているものもありますが、どんなマイナーな作曲家であっても、その作品は超有名な人のものと変わらない、という姿勢には惹かれます。また、「ワーグナーのオペラでは、悪役が面白い」といったように、オペラ関係の記述でハッとさせられるようなユニークな視点が見られますが、そういえば、林田さんは以前こんな本(共著)も出されていましたね。
この中で紹介されている曲を、そのまま聴くことが出来るサイトが用意されているというのも、ネット社会ならではの配慮です。エレベーターには乗せないようにしましょう(それは「ペット」)。旧弊にとらわれることなく、「クラシック」のさらなる沃野に分け入りたいと思っている人にとっては、これは恰好のガイドとなることでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2009-01-09 20:42 | 書籍 | Comments(0)