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BEETHOVEN/Symphonies for Fortepiano
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大井浩明(Fp)
ENZO/MOCP-10006



かつて、クラシック音楽の世界では、まるでダーウィンのような「進化論」が語られていたことがありました。バッハが進化したものがモーツァルト、さらに進化するとベートーヴェンといったように、音楽が一直線の時間軸でより「進んだ」ものに変わっていったという史観です。もちろん、そんな思想は、その「進化」の最後の形であったシェーンベルクの試みが無惨な敗北を収めたことにより、なんともナンセンスなものであったことが明らかになるわけですがね。
今ある「ピアノ」という鍵盤楽器も、同じように「進化」の最終形であると見なされていました。いや、こちらに関しては、いまだにそう信じている人だっているはずです。「チェンバロ」が進化したものが「フォルテピアノ」だったと思う人こそ少なくはなりましたが(なんせ、発音原理が全く異なりますからね)、「フォルテピアノ」から「ピアノ」へは、それこそ一直線の「進化」をたどったはずだと、普通は考えがちです。しかし、現在ではこの二つの楽器は全く異なるものだという考え方が支配的になっています。例えばある時代の「フォルテピアノ」では備わっていた「モデラート」という、ペダルを踏むとハンマーと弦の間に薄い布が入り、音色が変わる機能が、「ピアノ」ではなくなっています。ですから、この楽器を使って作曲された「ピアノ曲」を演奏する場合、「Moderato」という表記が出てきたときには注意をしなければいけません。なにしろ、それは「速さ」ではなく、「音色」を指示したものなのですからね。
クセナキスの超難曲「シナファイ」「エリフソン」での目の覚めるような演奏で世界中の人を驚かせたピアニスト大井浩明さんが、ご自身のブログで、しばらく前にベートーヴェンのピアノソナタのツィクルスを始めたと書いておられたので、ちょっと意外な気がしていました。しかし、その後の情報が入って来るに従って、それはクセナキスとは全く別な意味でのユニークさを持つ演奏であることが分かってきました。つまり、ベートーヴェンは、生涯にわたってその時代に大きく変化を遂げたフォルテピアノの機能に興味をそそぎ続け、それぞれの時期の楽器の可能性を、とことん作品に反映した、という事実を踏まえて、大井さんはそれぞれのソナタの作曲時期に合わせた楽器を用いて演奏を行ったのです。ベートーヴェンの楽譜に現れている、特定の時期の楽器でなければ正確にはその意図は伝わってこない指示を丹念に掘り起こし、それを実際にその楽器によって音にするという作業は、クセナキスの難解なスコアから作曲家の描いたものを正確に実体化する作業と、まさに同一線上にあるものではなかったのでしょうか。
そんなプロジェクトのスピンオフとして、リストによるピアノ版の交響曲のツィクルスも敢行され、それらも、ソナタ同様順次ライブ録音としてCDがリリースされています。その第1弾が、交響曲の1番と2番(それとカルテットの1番の第1楽章だけ)、使われている楽器は1846年に作られていますから、まさにリストと同じ時代のものです。
リスト編曲のベートーヴェンの交響曲は、ピアノによる演奏では数多く世にでていますが、フォルテピアノによるものはおそらくこれが最初になるのではないでしょうか。大井さんは、ベートーヴェンが、そしてリストがこの楽器を使って表現したかったことを、おそらく全人格的な意味で再現することを目指していたのではないか、と思わせられるほど、そこには生々しい魂の発露が感じられ、圧倒されます。
そんなしゃかりきな面とともに、例えば繰り返しの部分では必ず加えられているかわいらしい装飾にも注目です。オーケストラ版だったらまずあり得ない(いや、ジンマンあたりはやっていたかも)まさに「オーセンティック」なアプローチ、これは和みます。ゆっくりお湯に浸かったように(それは「温泉ティック」)。

CD Artwork © Office ENZO Inc.
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by jurassic_oyaji | 2009-02-08 19:50 | ピアノ | Comments(0)