おやぢの部屋2
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MENDELSSOHN/Choral Works
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Hans-Christoph Rademann/
RIAS Kammerchor
HARMONIA MUNDI/HMC 901992



カラヤンとかフルトヴェングラーのように、オーケストラの音楽監督や首席指揮者というものは、かつてはかなり長期間同じ人が務めていたものでした。しかし、近頃はやたらとその交代のスパンが短くなってはいないでしょうか。ボストン交響楽団や、フィラデルフィア管弦楽団の今の音楽監督が誰なのか、知ってますか?
そんな状況は、合唱団の世界でも同じようですね。最近では、世界中のトップクラスの合唱団の間で、有能な指揮者がほんの数年で他の合唱団に移ってしまうようなことがしょっちゅう起こっているような気がします。例えば、エストニア・フィルハーモニック室内合唱団では、カリュステからヒリアーに代わったのがつい最近のことだと思っていたら、2008年からは以前リアス室内合唱団の芸術監督だったダニエル・ロイスに代わっていたのですからね。そして、そのロイスのポストを継いだのが、ドレスデンなどを中心に活躍、CARUSレーベルに多くの録音を行っているハンス・クリストフ・ラーデマンでした。頭に丼を載せている人ですね(それは「ラーメンマン」)。
その、ラーデマンの元でのリアス室内合唱団の最初の録音が、この、メンデルスゾーンの合唱曲集です。彼が作った無伴奏混声合唱のための世俗曲(ドイツ語では「Lieder」、「歌」という表記です)が、おそらくすべて収録されているアルバムです。もちろん、これは今年のメンデルスゾーン・アニバーサリーに合わせた企画であることは言うまでもありません。
リアス室内合唱団は、以前から確かにハイレベルの合唱団ではありましたが、ラーデマンを迎えてさらにその音楽性に磨きがかかってきました。しっとりとした音色には、まるでいぶし銀のような「渋さ」が加わって、まるで北欧の合唱団のような落ち着きが感じられます(その北欧、例えばスウェーデン放送合唱団あたりは、逆になんだか収まりの悪いサウンドになってきてはいませんか?)。ビブラートは極力抑えられ、ソプラノは決して張り切りすぎずに渋い音色を保っています。そこに他のパートが、見事なまでの融合を見せて、響きとアインザッツとが完全に一つのものになっているという、すべての合唱団が理想として目指しているそんな到達点に、もしかしたら彼らは達しているのかもしれません。以前フランス語のディクションではやや難点があったものも、ここでは母国語、ドイツ語ですから、なんの問題もありません。それどころか、ここで聴かれるドイツ語と旋律線との関わりには、思わず「そうだったのか!」と思わせられるような、完璧なものすら感じさせられます。ちょっとした細かい音符が、見事にその言葉の語感とマッチしているのですね。
メンデルスゾーンの合唱曲といえば、かつては日本の合唱団の定番でもありました。作品48の4曲目「Lerchengesang」などは、「おゝ雲雀」という邦題で、ある年齢以上の人にとっては愛唱曲として親しまれていたものです。作品41の2曲目「Entflieh' mit mir」は、確か吉田秀和先生の手になる「手に手を取り合い、逃げていかないか」という訳詞で歌われてはいなかったでしょうか。扱いやすいきれいなハーモニーと相まって、確かにそれらは合唱の喜びを味わうには最適のものだった時代はありました。
しかし、このような完璧な演奏でドイツ語のテキストが歌われたとき、そこにはそのような平易な合唱曲というイメージ以上のものを誰しもが感じるはずです。メンデルスゾーンが、あくまで機能和声にとどまったホモフォニーの中で作り上げたものは、そこで選ばれた詩の中に描かれた自然の営みなどを表現したとても大きな世界だったのです。ラーデマンと彼の合唱団は、これらの曲を単なる愛唱曲という次元にとどまらない確かなメッセージを持つ作品として、世に送り出していたのではないでしょうか。確かに、ここで聴く「Lerchengesang」には「凄さ」さえ感じられます。

CD Artwork © Harmonia Mundi s.a.
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by jurassic_oyaji | 2009-02-24 22:44 | 合唱 | Comments(0)