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証言・フルトヴェングラーかカラヤンか
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川口マーン惠美著
新潮社刊(新潮選書)
ISBN978-4-10-603620-0


まだカラヤン・イヤーだった、去年の秋に出版されたものですが、今ごろ読んでいます。しかし、考えてみれば、今年だって没後20年、カラヤンの呪縛からは今年いっぱいは(10ぐらいまでは)逃れることは出来ません。
このタイトルを見て、以前も同じようなものがあったことには、誰しも気づくことでしょう。それは、1988年に音楽之友社から刊行された「フルトヴェングラーかカラヤンか」という、全く同じタイトルを持つ書籍です。これは、その前年に元ベルリン・フィルのティンパニ奏者、ヴェルナー・テーリヒェンが著した「PAUKENSCHLÄGE - Furtwängler oder Karajan -」を翻訳した際に、原題の後半だけを取って邦題にしたもの、出版当時は極めて過激なカラヤン批判として、ジャーナリズムを賑わせたものでした。なんたって、カラヤン本人はまだご存命だったのですからね。
川口さんがこの本を執筆するにあたって、このテーリヒェンの著作にインスパイアされたことは、想像に難くありません。言ってみれば元祖「フルトヴェングラーかカラヤンか」へのオマージュとして、彼女はテーリヒェンその人を含めたベルリン・フィルの元団員へのインタビューをまとめ上げたのではないでしょうか。
冒頭は、当然そのテーリヒェンへのインタビューから始まります。通常のインタビューと異なるのは、ここではインタビュアーである著者の姿が常に前面に描かれている、という点です。もしかしたら、彼女はここでインタビューという形を借りて彼女自身の変化を描きたかったのでは、と思えるほど、それは生き生きとした描写です。ですから、このテーリヒェンのカラヤン批判に対する彼女のリアクションの方が、読者としては非常に生々しいものに感じられはしないでしょうか。そう、そこではまさに彼女は「カラヤンさんのことをこんなに悪く言う人がいるなんて、信じらんな~い」というブリッコを演じているのです。
しかし、そのあと他の元団員の彼に対するスタンスを経験した後に、再度このティンパニ奏者を訪れたときには、彼女の彼に対する感情は一変しています。「彼は、あの本を書いたことを後悔しているのではないか」という、それはもっと立ち入った思いです。その2ヶ月後に届いた彼の死亡通知、そこで彼女が「遺言を託されたような気がした」とつぶやくシーンは、感動的ですらあります。
「帝国オーケストラ」のDVDにも出演していたハンス・バスティアーンやエーリッヒ・ハルトマンの話など、彼女が元団員から引き出したエピソードは、多くはすでに公になったもので、さほどの新鮮味があるものではありません。カラヤンが作った映像に対する演奏家としての嫌悪感も、やはり別のDVDの中ですでに語られていたものです。しかし、テーリヒェンとまさに敵対していた同業者、オズヴァルト・フォーグナーとのインタビューは、別な意味で興味をそそられるものでした。それは、フォーグナー自身ではなく、彼の妻アンゲラからのコメントです。フォーグナー夫人となる前のアンゲラ・ノルテは、ルフトハンザの客室乗務員だったのですが、彼女はカラヤンの演奏旅行には常に同行させられていた、というのです。「言い寄られたこともあるのよ」と、今ではあっけらかんと語る彼女ですが、そのような(おそらく)特別の感情を抱いていた女性を妻としたティンパニ奏者に、「出来ることなら、すべての演奏会で使いたい」という希望をもったというカラヤンの精神構造は、ぜひとも深く探求してみたいものです。ふつう、こういう場合は逆に辛く当たるものですよね。それとも、カラヤンには、アンゲラを巡って、なにかフォーグナーに負い目でもあったのでしょうか。

Book Artwork © Shinchosya
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by jurassic_oyaji | 2009-02-26 20:14 | 書籍 | Comments(0)