おやぢの部屋2
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A Spotless Rose
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Paul McCreesh/
Gabrieli Consort
DG/00289 477 7635



アルバムタイトルの「汚れのないバラ」というのは、聖母マリアのメタファーなのだそうです。ここでは、マクリーシュ指揮のガブリエリ・コンソートの無伴奏合唱(1曲だけオルガンが入ります)によって、同じタイトルのハウエルズの作品を始めとした、聖母マリアがらみのテキストに作曲された古今の合唱曲が演奏されています。
その「古今」というのがくせ者(ここんとこ、大事ですよ)、時代が変われば当然作曲の様式も変わってきます。そんな変化をつぶさに味わうことが出来る、というのが、このアルバムの一つの魅力になることでしょう。ただ、もちろんこれはそんな「作曲技法の歴史」を扱った「教材CD」などではありませんから、20世紀の音楽の直後には15世紀、そして19世紀を経てまた15世紀といった具合に、それらのものが時系列に沿って並べられているということは、決してありません。
ということで、まず最初に聞こえてくるのがジョン・タヴナーだというのは、そんな「歴史」の扱いを象徴しているような選曲のように感じられてしまいます。この「A Hymn to the Mother of God」を聴くと、「歴史」とは、決して一つの方向へ向かう「進化」ではなく、同じようなものがある時期をおいて繰り返される「ループ」なのではないか、という実感が迫ってきます。それにしても、この録音会場であるイーリー・カテドラル内のレディ・チャペルのアコースティックスの、なんと豊かなことでしょう。合唱音楽にはこのようなびしゃびしゃのエコーが必要欠くべからざるものだったという、それも「歴史」の一つの様相です。
まるで定点観測のようにこのアルバムの中に存在しているジョスカンやパレストリーナといった、まさにこのような響きの中で生まれた作品は、ですから、まるで「背景」のように主張を持たない姿を見せています。
この中では最も「古く」に作られた「Ther is no rose of swych vertu」は、女声だけで歌われています。中世のたたずまいを残すシンプルな曲ですが、ここではそんな素朴さよりももっとねっとりした情感が歌い込まれています。この曲にそこまで重たい衣を着せたくなるのは、やはりこの会場のたっぷりした響きのせいなのでしょうか。
そんなぬるま湯のような音響空間が広がる中に、確かなインパクトを与えてくれるのが、「今」の作品でも、タヴナーとは全く異なる肌合いを持つ、彼とは同世代のイギリスの作曲家ジャイルズ・スウェインの「Magnificat I」です。ヨーロッパ音楽とは根本的に仕組みの異なるアフリカ音楽の手法を大胆に取り入れたミニマルっぽい作品、ここでの合唱団のメンバーのすべての制約から解放されたような歌い方(あるいは「叫び方」)は、ひたすら調和の取れた響きを醸し出そうとするこのチャペルの音響に対する挑戦のようにも聞こえてはこないでしょうか。
ジェイムズ・マクミランの「Seinte Mari Moder Milde」は、大オルガンと一緒になってそんな調和をぶちこわそうという試みでしょうか。しかし、彼の場合は静謐に戻ることも忘れてはいません。最後の演奏曲、グレツキによる「Totus tuus」が、「Maria」というテキストの繰り返しでひたすら息の長いフェイド・アウトを企てているように。
そんな振幅の大きさをこの音楽たちに与えているガブリエリ・コンソートのメンバー、おそらくここには個性の強い声の持ち主が集まっていることでしょう。それが、時には柔らかい響きに従順に奉仕しているときもあれば、ひたすら個人をむき出しにした多彩な音色を追求している場面もあるというように、その音楽から最大の魅力を引き出そうとしている姿勢には素晴らしいものがあります。時として暴走しそうになるそのサウンドを好ましいと感じられさえすれば、このアルバムからは無上の喜びが得られることでしょう。

CD Artwork © Deutsthe Grammophon GmbH, Hamburg
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by jurassic_oyaji | 2009-03-14 21:47 | 合唱 | Comments(0)