おやぢの部屋2
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歓喜の歌
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 「歓喜の歌」をWOWOWで見ました。ちょっと粋な計らいで、原作と並べて放送するという企画です。ご存じでしょうが、この映画の「原作」は立川志の輔の新作落語です。彼が毎年ホールで行っている独演会は毎回チケットが入手出来ないほどの人気なのだそうですが、それの何年か前の出し物が、この「歓喜の歌」だったのですね。二つのお母さんコーラス(志の輔は未だに「ママさんコーラス」という今ではどこでも使われることのない名称にこだわっていますが)のコンサートをダブルブッキングしてしまった「文化会館」の物語、とてもあり得ない設定ですが、それを一級の人情噺に仕立て上げた志の輔の「原作」は、確かになかなか感動的なものでした。
 映画では、この「原作」の骨組みにかなりの肉を付け加えていました。噺では抽象的な存在であった二つの「合唱団」を、きちんと実体のある物として描くのが、まずその第一歩。実は、この映画が公開されていた頃に「コール青葉」の練習で新大久保にある辻音のスタジオに行ったことがあるのですが、そこにポスターが貼ってあったのにはちょっと驚きました。一応「合唱」がらみで宣伝に一役買っているのかな、と、その時は思っていたのですが、実際はこの辻音が、かなりのところまで関与していたのですね。「合唱指導」とか。
 確かに、その「合唱」の出来は、かなりのものでした。おそらく、クレジットにあった何とかという本物の合唱団がきちんと演奏していたからなのでしょうね。少なくとも、「この演奏会に向けて、一生懸命練習をしてきた合唱団」という感じは良く出ていました。こういう最低限の「仕込み」さえきちんとやってもらえれば、後はどんなでたらめをやっても大概のことは許せます。どこにもオーケストラと、そして男声の姿は見えないのに、聞こえてきた「第9」はオリジナル(いや、とんでもないカットがありましたが)の編成だった、なんてのは、笑って済ませられることです。正直、「ダニー・ボーイ」などは鳥肌が立つほどの素晴らしさでしたよ。
 そしてストーリーも、多くの脇役を登場させてキャラクターの設定をより現実的なものにしようとしています。ただ、原作でもそうでしたが、あのダメ主任がなぜこんなにも簡単に改心出来てしまったのか、それはもちろん「餃子」のおかげなのでしょうが、今ひとつ説得力に欠けるのが気になります。それでも噺の方でしたら、志の輔がまさにここをクライマックスに熱く演じているのでそれなりに納得は出来るのですが、映画ではなまじこの主任のキャラクターがリアルだったために、そこまでの境地にはならなかったというか。ほんと、この主任の設定はちょっとくどすぎましたね。あんな、ロシア人のホステスに簡単に入れあげてしまうような人が、どうしてここまで一途な使命感を発揮出来るのか、ちょっと乱暴すぎるプロットではありました。
 というより、彼を演じた小林薫を見ていると、絶対に「第9」を「指揮」している姿しか浮かんでこないのが、困ったものです。似てるでしょ?末廣さんに。
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by jurassic_oyaji | 2009-03-17 23:39 | 映画 | Comments(2)
Commented by ゆひてる at 2009-03-18 09:05 x
こんにちは。「歓喜の歌」、私は大泉洋が主演のTV版は見ましたが小林薫の方はまだ観てないです。
末廣さんと小林薫、確かに似てるかも!盲点でした(^^)
そういう目で映画版の「歓喜の歌」も観てみます(←間違った観方)
Commented by jurassic_oyaji at 2009-03-18 14:37
ゆひてるさん、こんにちは。
TV版があったんですか。知りませんでした。映画には志の輔本人も出てきますね。師匠の談志まで。でも、金魚までは出てこないでしょう?