おやぢの部屋2
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BACH/St. Matthew Passion
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Jo Vincent(Sop), Ilona Durigo(Alt)
Karl Erb, Luis van Tulder(Ten)
Willem Ravelli, Herman Schey(Bas)
Willem Mengelberg/
Amsterdam Toonkunst Choir, Concertgebouw Orch.
OPUS KURA/OPK 7021-3



メンゲルベルクの「マタイ」といえば、この曲の決定的な名演として、特にお年を召した方の間では人気があります。「自分にとって最高の『マタイ』」みたいなコメントを公にしてはばからない人はそこら中にいるのではないでしょうか。しかし、まあなんと言っても録音されたのが1939年といいますから、まだSPの時代です。派手なサーフィス・ノイズの彼方から聞こえてくる「マタイ」を聴いても果たして演奏の本質が伝わってくるのかは疑問ですから、まあ一生聴くことはないだろうな、と思っていました。しかし、SP復刻のCDに関してはなかなか評判の高い「オーパス蔵」が、レーベル創設10周年ということでこの5000円近くする3枚組のCDをなんと1000円という破格の値段で売り出してくらたものですから、まあ手元に置いておくのもいいかな、と買ってしまいました。
ライナーノーツによると、この録音はもちろんSPで出たものなのですが、そのマスターが普通のアセテートのディスクではなく、フィルムが使われていたというのですね。そして、おそらくそのフィルムからトランスファーされたPHILIPSの初期LPを使って、このCDは作られたそうなのです。
他の音源を聴いたことはありませんから、これが果たしてどの程度のクオリティ持っているのかは分かりませんが、試しに聴いてみた最初の部分は、想像していたものよりはるかにクリアな音でした。ノイズは殆ど気になりませんし、ダイナミック・レンジもなかなかのものです。録音年代を考えたら、これはある意味驚異的な録音、これでしたらメンゲルベルクの音楽がストレートに味わえるはずです。もうすぐ復活祭、せっかくですので全部聴いてみましょう。
確かに、これはものすごい演奏でした。それは、明らかに20世紀前半という時代の様式というか、趣味を全面的に反映したものではあることが良く分かります。その時代にあっては何よりも指揮者の主観がなんの規則にも縛られずおおっぴらに解放されることが許されていたのでしょう。このCDでは、それこそ、メンゲルベルクの心の中に沸々とわき上がっているまさに「パッション」が、もしかしたら音楽の根元的な約束事さえも無視させるほどの力を持って発散されている様を、つぶさに味わうことが出来てしまったのです。その「約束事」の一つは、音楽のビート感。もちろん、定められた時間軸の中で単調に刻まれるビートほど退屈なものはありません。そこを適度に伸び縮みさせるのが演奏家の仕事になるわけですが、メンゲルベルクの場合にはその許容量を大きく振り切ってしまうというのが、芸風のツボなのでしょうね。その結果、音楽の流れは時にせき止められてあふれかえり、そこからとてつもなくエネルギッシュな奔流が聴き手を襲うことになるのです。
そんな音楽が、心地よいわけはありません。第1部が終わったところでぐったり疲れ果ててしまいましたよ。一休みして気を取り直し、今度はかなりカットが施された第2部を聴き終わります。ライナーには高名な宇野先生が寄稿されていますが、その中で「『マタイ』全曲のコンサートをカットなしで聴くときの苦痛はもはや拷問に近く、指揮者の常識を疑う」などと、罪のない暴言を吐かれています。確かに、こんな演奏を聴かされれば、そうも思いたくなるかもしれませんね。
しかし、こんな、ぶざまに心情をさらけ出した演奏が許されたのが、あの時代だったのです。レシタティーヴォの間に聞こえてくるまるで冗談のようなモダンチェンバロの強靱なアコード、この演奏に涙する人がもしいたとすれば、彼の心の琴線が触れたのは、バッハの音楽ではなく、メンゲルベルクその人の「芸」だったのではないでしょうか。
カップリングでチャイコフスキーの「悲愴」も入っているのですが、それを聴くだけの勇気は今のところはありません。

CD Artwork © Opus KURA
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by jurassic_oyaji | 2009-04-09 22:57 | 合唱 | Comments(0)