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オーディオ巡礼[復刻版]
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五味康祐著
株式会社ステレオサウンド刊(SS選書)
ISBN978-4-88073-197-1


芥川賞受賞作家の五味康祐さんは、生前は作家としてよりはオーディオ評論家として有名だったような気がします。1980年に58歳という若さ(!)で亡くなられたときに、それまで季刊誌「ステレオサウンド」に連載されていたエッセイが単行本となりました。それから30年近く経っての、これは復刻版です。表紙のカバーを外すと、全く別の表紙が現れます。確か、昔図書館で見たような気がしますから、おそらくこれがオリジナルの装丁だったのでしょう(復刻されることは想定外?)。
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30年前と言えば、もちろんまだCDなどは影も形もなかった時代です。12インチのヴァイナル盤を「ヒゲ」が付かないように慎重にターンテーブルに乗せ、カートリッジの付いたアームをおもむろに盤面に降ろす、という作業(というか「儀式」)がリスニングの始まりでした。タンノイの「オートグラフ」というスピーカー(+エンクロージャー)をこよなく愛し、そこから流れてくるクラシック音楽を語る五味さんの言葉からは、単なるノスタルジアを超えた主張を感じることが出来ます。オーディオとは、あくまで音楽を聴く手段、聞こえてくる音楽そのものがかけがえのないものだという彼の信念は、心を打ちます。
ですから、「音」だけにこだわる同業者への批判には、辛辣なものがあります。最初の頃の章で「或るオーディオの先生」として匿名で登場する人物に対しては「デリカシーを無視」と言いきっています。もっとも、そこでやり玉に挙がっている「虫の声」や「伊勢湾台風」、そして「ピアノの下にビール瓶を並べて録音」などという事例から、それは当時「オーディオの神様」と言われていた高城重躬氏のことだと容易に分かってしまうのですが(元の文章は1974年に共同通信社から発行された「音の遍歴」にあります)。
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しかし、その後のエッセイではきちんと実名で登場しており、その筆致にはなにか微妙な距離感を感じられるものがあります。それは、高城氏に作ってもらったコンクリートホーンのスピーカーが、彼にとってはあまり良いものではなかったことへの慚愧の念のあらわれなのでしょうか。
彼にとってのオーディオとは、まさにその時々の人生そのものを反映する音楽を奏でるものだったのです。そのような文脈で登場するのが、彼の赤裸々な「恋愛」、というよりは「不倫」の告白です。結婚する前に愛したものの、結局振られて、今では人妻となっている女性と京都で偶然逢って、「茶房」へ入るというシチュエーション。そこで店内に流れていたのがメサジュの「二羽の鳩」、その「二羽」に自分たち二人を重ね合わせて、矢も楯もたまらず彼女を抱く、という、まるで「小説」のような実体験が語られます。そんなことまでオーディオ誌のエッセイで書かなくても、と思うのですが、おそらく彼の中では「クラシック音楽」というものは、それほどまでの切実さを持っていたのでしょうね。さらに、その時身ごもった子どもを、彼女は出産していた、という後日談まで加わるのですからすごいものです。
そんな生々しい体験と同次元で語られる「クラシック音楽」に、強烈な存在感がないわけはありません。彼が当時所有していたレコードはほんの400枚足らず、今だったらそのぐらいのCDを持っている人など珍しくはありませんが、ここで繰り返し述べられている彼がその1枚1枚に込めたいとおしさを思うとき、「レコードを聴く」という体験に対する決定的な価値観(「世界観」と言っても良いかもしれません)の違いを突きつけられる思いに駆られはしないでしょうか。当時とは比較にならないほどの多くのアイテムのリリースに加えて、ネット配信という名のデータの垂れ流し、こんな時代にまで生き延びなかった五味さんは、とても幸せな「人生」を送ったのではないでしょうか。

Book Artwork © Stereosound, Kyodotsushinsya
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by jurassic_oyaji | 2009-04-20 19:48 | 書籍 | Comments(0)