おやぢの部屋2
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BACH/h-Moll-Messe
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Gerlinde Sämann(Sop), Petra Noskaiová(alt)
Christoph Genz(Ten), Marcus Niedermeyr(Bas)
Sigiswald Kuijken/
La Petite Bande
CHALLENGE/CC72316(hybrid SACD)



少し前にモンテヴェルディの「晩課」やもっと前にはバッハのモテットを出していたとは言え、このあたりの宗教曲に関してはコープマンの牙城だと思っていたこのレーベルから、クイケンの「ロ短調」が出たのは、ちょっと意外な気がします。
ACCENTなどから出している他のバッハの作品同様、クイケンがここでとっている声楽のスタンスは、1パート1人ずつという「リフキン・プラン」です。色々な機会に作られたものを寄せ集めたこの「ミサ曲」ですから、それぞれの部分では編成が異なっていますが、最大では4声部の二重合唱(「Osanna」)という形なので、8人必要になります。ですから、彼が用意したメンバーも8人。ただ、「kyrie」や「Gloria」では5人しかいらないので、曲によって交代でメンバーが替わっていますね。でも、こういうのは、厳密に言えば「教祖」ジョシュア・リフキンの教えには背くものなのではないのでしょうか。おそらく、用意できる人数に合わせて曲を作るというのが、バッハの基本的なスタンスだったのでしょうから、リフキンの主張を認めるのなら、これはおかしなことにはならないでしょうか。
リフキンが、今から30年近く前に行ったこの曲の録音(NONESUCH)では、そのあたりはどうなっているのか、知りたいと思ってCDを探してみたのですが、あいにく手元にはなく、買おうとしてもすでに廃盤状態。それこそタワー・レコードあたりでオリジナルのジャケットでリイシューしてはくれないものでしょうか。
クイケンの場合、声楽以上に特徴的なのはオーケストラの編成です。もうすっかり彼らの中では市民権を得ている「新しい」楽器、「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」を普通のチェロの代わりに使うのはお約束、コントラバスもフレットのついたバス・ヴィオールが使われています。その結果、ヴィオールはともかく、「スパッラ」が用いられている低音パートは、なにか独特の浮遊感を持つものとなりました。確かに低音の声部は重々しさとは無縁の軽やかさを獲得、音楽全体もとても軽やかなものとなっている、という印象が強く与えられます。足の太さは隠せませんが(それは「スパッツ」)。
合唱パートと、もちろんアリアなどのソロを担当しているソリストたちは、カンタータなどの常連、ここではソプラノのゼーマンが、そんな軽いオケにふさわしい伸びやかな声を聴かせてくれています。ソロもなかなか心地よいものですが、そんな彼女の音色に支配された合唱が、大人数をしのぐほどの存在感を出しています。確かに、この曲に出てくるパートソロの部分には、大人数で歌ったのではきちんと揃って歌うのがとても大変そうなパッセージが頻出します。そんなあたりも、リフキンの説を裏付けるものだったのかもしれませんね。確かに、アンサンブルもきちんとこなせるこのクラスのソリストの演奏でそんな「難しい」部分がいとも簡単にクリアされているのを聴くと、四半世紀以上の時を経てリフキンの「奇説」は立派に正当性を主張できるものにまで浸透したことを納得させられてしまいます。
録音会場の豊かなアコースティックスも、「1人」のパートをふくよかなものに仕上げるのに一役買っているに違いありません。演奏中は決してモヤモヤするものではないのですが、最後に長々と続く美しい残響が、それを物語っています。
おそらく、今の時点でもこの曲を演奏するために一生懸命練習をしているアマチュアの合唱団はたくさんあるのではないでしょうか。そんな人たちがこの演奏を聴けば、もしかしたら自分たちのやっていることが虚しく感じられてしまうかもしれませんね。少なくとも、例えば80人を超えるような合唱団がこの曲を演奏することの無意味さぐらいは、少しは伝わることでしょう。

SACD Artwork © Challenge Records international
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by jurassic_oyaji | 2009-06-17 20:03 | 合唱 | Comments(0)