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ワーグナー王朝 舞台芸術の天才、その一族の権力と秘密
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ハンス=ヨアヒム・バウアー著
吉田真/滝藤早苗共訳
音楽之友社刊
ISBN978-4-276-21530-6


毎年夏に、中部ドイツの辺鄙な街バイロイトで開催されている音楽祭は、星の数ほどもある「音楽祭」の中でも異彩を放つものです。なにしろ、1876年に始まって以来130年以上、その祝祭劇場で上演されるのはその劇場を建設したリヒャルト・ワーグナーの舞台作品だけなのですからね。ある時期、つまり、この作曲家が亡くなってから30年の間は、彼の最後の作品である「パルジファル」はこの劇場以外の場所では上演することが一切禁じられていたというほどの、確かな権威を持った特別な音楽祭なのです。
そんな権威の拠り所は、「始祖」リヒャルトの血縁者によってのみ、代々その管理が行われてきた、という歴史的な背景ではないでしょうか。2度の世界大戦をも乗り越えて、まさに「文化遺産」としてのワーグナーの音楽と彼の建造物を守りきってきたこの一族の使命感には、今さらながら畏敬の念を隠せません。
この本は、そんなワーグナー家の遺産を支えてきた人たちの足跡を克明に綴ったものです。全部で9つの章から成り立っていますが、当然のことながら、最初の3つの章は「王朝」を築き上げるまでのリヒャルトその人の伝記です。続く3つの章では、妻コージマと息子ジークフリート、そしてその妻のヴィニフレートの時代が扱われます。ここで最も関心が惹かれるのは、言うまでもなく一族と「ナチ」との関わりでしょう。しかし、ヒットラーその人の描写も含めて、ヴィニフレートを始めとする家族との関わり合いは、的確な一時資料の引用によっていとも淡々と描かれています。それは、手元にあった「ヴァーグナー家の人々」(清水多吉著/中公新書1980年刊)に見られる史観とはかなりの隔たりを見せる客観的な視点です。これが時代の流れなのでしょうか。
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そして、最後の3つの章では、その次の世代、第二次世界大戦後のヴィーラントとヴォルフガングの時代が描かれます。ここでも、著者の冷徹な視点は光ります。何よりも驚かされるのは、「新バイロイト様式」としてワーグナーのみならずこの時代のオペラの演出に大きな衝撃を与えたヴィーラントの業績に関する記述です。殆ど神格化されるほどに当時、そして現在でも高く評価されているヴィーラント本人とその仕事、しかし、その演出の根幹は、彼ではなく彼の妻ゲルトルート・ライシンガーによって作り上げられたものだというのです。今までヴィーラントという「天才」によって産み出されていたと信じられていたあのスタティックで象徴的な舞台は、舞踏家でもあった妻の協力なくしては生まれることはなかったのだ、という事実には、だれしも軽いショックをおぼえることでしょう。
そのような著者の切り口からは、ヴィーラントのスキャンダラスな側面も、容赦なく暴露されることになります。幼なじみの姉さん女房との結婚生活は早い時期から破綻を迎えます。多くの愛人を自宅に連れ込む夫、その情事の現場を押さえられ、妻に「私は性生活について指図を受けるつもりはない。それは結婚に左右されることでもない」と開き直ったというのですからね。そして、あまりにも有名なアニア・シリアとの「三角関係」についても、なんと克明に記述されていることでしょう。
原書は2001年に刊行されたものですから、ヴォルフガング(彼の演出家としての才能を、著者は「兄」をしのぐほどに高く評価しています)の次の世代についてはまだ憶測の域を出るものではありませんでした。しかし、ここでは訳者によってその後の劇的な展開までが補足されています。ヴォルフガングから彼の二人の娘、エーファとカタリーネという異母姉妹の手に引き継がれた「王朝」、その行く末もこれまで同様「世界史」の一端として語られていくことでしょう。

Book Artwork © Ongakunotomo-sha
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by jurassic_oyaji | 2009-06-19 19:32 | 書籍 | Comments(0)