おやぢの部屋2
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ニルソンの証言
 きのう「おやぢの部屋」でご紹介した本は、私にとっては非常にショッキングなものでした。なにしろ、小さい頃からのワーグナー・マニアで、最初に買った「輸入盤」が、バイロイトのライブ録音の「トリスタン」だったのですからね。
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 その頃のオペラのLPは、国内盤では1枚の表裏に「Side1」「Side2」と、連続して曲が入っているのが普通でしたが、なぜか輸入盤の場合、例えば5枚組だと1枚目の表は「Side1」なのに、その裏側は「Side10」になっていました。つまり、それらは「オートチェンジャー」向けのカッティングだったのですよ。今ではもはやどんなものなのか想像することも困難かもしれませんが、かつては何枚かのレコードを連続して演奏できるような、そういう装置があったのです。これは、ターンテーブルの真ん中のシャフトが長くなっていて、そこにレコードをまとめて団子状に重ねておきます。シャフトにはストッパーが付いていて、重なったレコードが下から順にターンテーブルに落ちてきて、1枚の演奏が終わると自動的にアームが外に動いて、そこに2枚目が落ちてくる、という仕掛けです。
 ただ、ちょっと考えると分かりますが、この装置はレコードを裏返すことは出来ません。ですから、つながった曲を連続して演奏しようとすると、さっきのような順番でカッティングする必要が出てきます。1枚目のA面の次は2枚目のA面、という順番ですね。そして、5枚目が終わったところで5枚まとめてひっくり返しますから、5枚目だけはA面とB面が連続することになります。
 そのボックスの中に、ブックレットと一緒に入っていたのが、そのレコードが発売される直前に亡くなったヴィーラント・ワーグナーに対する追悼文でした。同じ頃、日本にやってきていたベルリン・ドイツ・オペラの公演でも、開演前に総監督のゼルナーがステージで追悼の辞を述べたというようなニュースも流れてきました。それほどまでに、ヴィーラントは当時のオペラ界で高く評価された演出家だったのですね。
 しかし、実際は必ずしもそんな立派なものではなかったことが、この本によって明らかにされてしまいました。歴史というものは、そんな風に全く逆の見方があらわれることが、良くあるものです。
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 そこで思い出したのが、ちょっと前に読んだビルギット・ニルソンの自伝。バイロイトに関する部分を読み直してみたら、最初は読み過ごしていたこんな記述が目にとまりました。

 《ワルキューレ》ではオルトリンデも歌った。《指環》は毎年上演されていたから、全体リハーサルは行われず、ヴィーラントが《指環》の演出を担当したのに、一緒に仕事が出来なくて悲しかった。その代わり彼の妻で振付師のゲルトルート・ワーグナーが、我々ワルキューレの係になった。8人のワルキューレ娘は、かなり身動きを制限され、みな同じように腰に腕をあてるポーズで、まるで大きなギリシャの甕(かめ)にあるような姿で立たせられた-たぶんそれほど華奢ではなかったが。
 どうしてだか思い出せないが、私はワーグナー夫人をいらつかせたらしい。彼女のリハーサルがあまり意味がないと感じて、私はどうしてももどかしさを隠せなかったから、おそらくそれが原因で彼女をいらいらさせたのだろう。(278ページ)

 「彼女」がなぜ苛立ったのか、さっきの本を読んだ後ではその訳は簡単に見つかりますよね。
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by jurassic_oyaji | 2009-06-21 00:20 | 禁断 | Comments(0)