おやぢの部屋2
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SCHÜTZ/Lukas-Passion
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Johan Linderoth(Ten)
Jakob Bloch Jespersen(Bas)
Paul Hillier/
Ars Novaa Copenhagen
DACAPO/8.226019



サブタイトルが「聖ルカの福音書による、われらが主であり救い主であるイエス・キリストの受難と死の物語」と言うだけあって、この曲はまさに「物語」。メインのパートはエヴァンゲリストが聖書のテキストにほんの軽い抑揚をつけて歌うだけの、殆ど「朗読劇」といった趣の作品です。もちろん、楽器による伴奏はありません。そんな「単旋律」の間に、群衆や僧侶、兵士といった大人数の言葉がコーラスとして挿入されるという、これは何世紀も昔から受け継がれている「応唱受難曲」の形式を踏襲したスタイルをとっています。日本の将棋には関係がありませんが(それは「王将」)。作られたのは「ヨハネ」、「マタイ」といった他の「受難曲」と同じく、シュッツの晩年1666年とされています。まさに、年老いてたどり着いた渋~く地味~な境地がもたらした曲、というイメージが色濃く宿っている作品、「音楽」というよりは「お説教」を聴かされているような感じ、というのが、今まで聴いてきたシュライアーのエヴァンゲリスト、マウエルスベルガー指揮のドレスデン・クロイツ・コールによる1965年録音のBERLIN盤によって植えつけられていた印象でした。
その同じ曲を、前のアルバムですっかりファンになってしまったヒリアーが指揮するデンマークの合唱団、アルス・ノヴァ・コペンハーゲンが演奏しているというので、さっそくゲットです。合唱の出番は少ないのでどうなのかな、という思いはあったのですが、冒頭、聖書朗読には含まれないさっきのタイトルの部分が合唱で歌われるのを聴いただけで、それは単なる思い過ごしであったことが分かりました。最初のハーモニーが、まるで遠くの風景からズーム・インされるような殆ど無音から始まるクレッシェンドで聞こえてくると、それだけでこの演奏が目指しているものがドラマティックな抑揚に満ちたものであることが分かります。それにしても、この合唱団はなんという明るい響きを持っていることでしょう。その瞬間、今までドレスデンの少年たちの合唱で抱いていた禁欲的なイメージは、きれいさっぱり吹き飛んでしまいました。
エヴァンゲリストのヨハン・リンデロートも、シュライアーのくそまじめな歌い方とはなんという違いなのでしょう。その表情豊かなレシタティーヴォは、ドイツ語が全く分からない人が聴いたとしても、その場の雰囲気が分かるほどの説得力を持っていました。もちろん、少しでもドイツ語の単語が頭に入っている人ならば、そこからはまるで映画のように、細かい情景までが思い浮かべられることでしょう。
そして、そんな中に時折現れる合唱は、確かなアクセントとして、その物語に輝かしい光を与えていました。ある意味単調な単旋律が続く中に聴かれるからこそ際だつ、その無伴奏合唱の美しさ、キリストの受難のお話のはずなのに、これほどワクワクしながら味わうことが出来るなんて、なんて不謹慎な。いや、そもそも「受難曲」というものは、それに続く「復活」の伏線なのですから、それはいっこうに構わないことなのかもしれませんね。
不謹慎ついでに、この演奏から大嫌いだったはずのヒップ・ホップが連想されてしまったのはなぜなのでしょう。福音書の言葉がラップのリリックだ、などと言ったら、怒り出す人もいるかもしれませんね。でも、そのぐらい、ここには言葉の力を信じた躍動感がみなぎっていました。そして、そんなラップに挟まれて、殆どミスマッチと思えるほどキャッチーなコーラスが聴けるのが、最近のヒップ・ホップ、もちろん、そのコーラスがここでの合唱に呼応しています。
このアルバムは、クリスティアン4世の宮廷楽長も務めたデンマークとは縁の深いシュッツの作品をこのレーベルに録音していく彼らのプロジェクトの皮切り、今後のリリースも楽しみです。国内ではあまり出回っていないようですが、音はこちらで聴けますよ。

CD Artwork © Dacapo Records
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by jurassic_oyaji | 2009-06-21 22:57 | 合唱 | Comments(0)