おやぢの部屋2
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DURUFLÉ/Requiem
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Sarah Connolly(MS)
Christopher Maltman(Bar)
Jeremy Filsell(Org)
Jeremy Backhouse/
Vasari Singers
SIGNUM/SIGCD163



2008年2月に録音されたという、アイヴス盤に次いで新しいデュリュフレの「レクイエム」です。実は今、同じ曲の別の録音を注文しているところ、もはやこの曲はすっかり「名曲」の仲間入りをしてしまいましたね。実際、最近では、よりポピュラーだったはずのフォーレの同名曲よりもはるかに新録音が多いような気がしませんか?
つまり、かつては安直に、この兄弟のような2つの作品をカップリングしたアルバムが多かったものですが、このところそういう企画にはあまりお目にかかれない、ということにもなるのでしょう。たいがいはデュリュフレの他の合唱曲との同梱が多い中にあって、ここではジャン・ジャック・グリュネンワルドという初めて聞く名前の作曲家の作品が収められている、というのがユニークなところです。
デュリュフレが生まれた1902年の9年後、1911年ににアルプスの麓の街アルシーのそばのクラン・グブリエというところで生まれたグリュネンワルドは、オルガニストであり作曲家であったという点で、まさにデュリュフレとの共通点を持つ彼と同時代の音楽家です。作品がオルガン曲と合唱曲がメイン、という点でも共通していますが、グリュネンワルドの場合、1940年台から50年台にかけて多くの映画音楽(たとえば、1957年の「怪盗ルパン」)を作った、というところはやはり別の個性です。さらに、彼の場合建築家としての一面もあったそうです。もっとも、クセナキスやベートーヴェン(「大工」って・・・)のようにそれが音楽に反映されるということはなかったようですが。
グリュネンワルドの作品、最初はデュリュフレの「4つのモテット」でお馴染みの「Tu es Petrus」です。しかし、それはデュリュフレのような素朴な無伴奏合唱曲ではなく、壮大で華麗なオルガンの伴奏に導かれるものでした。このオルガンの色彩感は、やはり同時代のメシアンにも通じるところがあるような豊かで技巧的なものです。それに対して合唱は、あくまで単旋律を重んじたモーダルなもの、このあたりはデュリュフレとよく似たセンスでしょうね。
続いて、タイトルでは詩篇の「129番」となっていますが、一般的には「130番」の方が通りの良い「深き淵より」に基づく、本来はオーケストラ伴奏による大作が、ここではオルガン伴奏で歌われます。3つの曲から成っていて、最後の部分では詩篇ではなく、「死者のためのミサ曲」の冒頭のテキストが用いられています。これは、感動的なほど繊細な持ち味の曲、華やかさは影を潜めた、シンプルなメロディに乗った深い「祈り」の音楽です。
そして、デュリュフレの「レクイエム」。ここまで聴いてきた中で、フィルセルのとても雄弁なオルガンと、ヴァサリ・シンガーズのフランス風の匂いがむんむんという粋な合唱が印象的だったのですが、それはこの曲でも最大限に生かされていました。男声と女声の絡みなどは、かの作曲者の自作自演盤を彷彿とさせる微妙なローカリティまでも感じさせてくれます。録音があまりクリアではない分、言いようのない猥雑な雰囲気が漂っているのと同時に、激情を吐露する部分でも決して声高になることはないという、この曲に求められるものはすべて備えているような感じすら抱かせられます。
ところが、そんな夢のような気分にしばらく浸っていたころ、「Sanctus」あたりでしょうか、いきなりなんとも無気力なテナーのパートが聞こえてきました。それは、今までの美しい世界をぶちこわすほどの負の力を持つものでした。この合唱団、そんないい加減な団体ではなかったはずなのですが、とんだところで馬脚をあらわしたものです。
それに続く「Pie Jesu」も、失望感を募らせるには充分なものでした。サラ・コノリー自体には常に共感を抱いていたものでしたが、この曲を歌うには彼女の声はあまりに立派すぎます。もちろん、それはあくまで私の個人的な物差し、他の人に強要するつもりなど毛頭ありません。

CD Artwork © Signum Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2009-07-16 20:32 | 合唱 | Comments(0)