おやぢの部屋2
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MUSSORGSKY/Pictures at an Exhibition
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Oleg Marshev(Pf)
Jan Wagner/
Odense Symphony Orchestra
DANACORD/DACOCD656



ムソルグスキーの「展覧会の絵」は、オリジナルのピアノ曲としてよりは、モーリス・ラヴェルが編曲を行ったオーケストラの曲として聴かれることの方がはるかに多いのではないでしょうか。ただ、ラヴェルは、決してムソルグスキーが書いたピアノの楽譜に、そのままオーケストレーションを施したわけではありません。
ムソルグスキーが、友人の画家ガルトマン(「ハルトマン」という表記は誤り)の遺作の展覧会に触発されてピアノ独奏のための組曲を作ったのは1874年のことでした。しかし、楽譜が出版されたのは彼の死後、1886年だったのです。遺品の中からこの曲の楽譜を探し出して出版に尽力したのは、友人のリムスキー・コルサコフでした。ただ、彼はアカデミックな見地から、作曲家の自筆稿をよりノーマルな形に変えて出版してしまったのです。自筆稿にほぼ忠実な、いわゆる「原典版」が出版されるには、パーヴェル・ラムによる校訂(1931年)を待たなければなりませんでした。ラヴェルがクーセヴィツキーの委嘱によってボストン交響楽団のために編曲を行った1922年には、ですから、彼はリムスキー・コルサコフによる改訂版を元にする以外の選択肢はなかったのです。
リムスキー・コルサコフの改訂で最も目に付くのは、「ビドウォBydlo(ポーランド語で、『l』は『エル』ではなくひげが付いた『エウ』です」の冒頭の「pp poco a poco cresc.」という表記でしょう。自筆稿ではここは「ff」、最初からガンガン弾きまくれ、という指示になっています。ですから、「牛車が遠くから近づいてくる」というオーケストラ版で植えつけられているイメージは、作曲家のあずかり知らぬものだったのですね。もう1点、よく分かるのは「サミュエル・ゴールデンベルク」の最後の音、自筆稿は「ド・レ♭・シ♭・シ♭」ですが、リムスキー・コルサコフは「ド・レ♭・ド・シ♭」と変えてしまいました。ただ、この部分は指揮者の裁量で自筆稿の形に直して演奏するのが、最近の潮流のようです。
ただし、ラヴェルにしてもリムスキー・コルサコフ版を忠実にオーケストラ用に移し替えたわけではありません。「サミュエル・ゴールデンベルク」と「リモージュ」の間にあった「プロムナード」をカットしただけではなく、「古い城」の18小節目のあとに1小節加えたり、「殻を付けた雛」のコーダの前の2小節をカットしたりしています。
ピアノ版に関しても、ラムによる「原典版」は、決して自筆稿そのものではありませんでした。1975年に自筆稿のファクシミリが出版されると、それにしたがったさらに精緻な「原典版」も出版されることになります。その最も分かりやすい違いは、「古い城」の15小節目の右手の最後の「ソ♯」の音の長さ、ラム版は八分音符ですが、自筆稿は四分音符です(面白いことに、リムスキー・コルサコフ版は八分音符なのに、ラヴェル版でコール・アングレによって奏されるそのフレーズの頭は、四分音符になっています)。
現在では、この曲を演奏するときにリムスキー・コルサコフ版を使うピアニストはまずいません。例えば1955年のVOXへの録音で、リムスキー・コルサコフ版を使っていたブレンデルは、1987年のPHILIPS盤では原典版を使っています。もちろん、2009年に録音を行ったこのCDのオレグ・マルシェフも原典版。しかし、彼はラム版に準拠した演奏を行っています。キーシンなどは、2001年の録音でも自筆稿に準拠しているというのに。
ピアノ版と一緒にラヴェル版が入っているのがこのCDの特徴ですが、ここで演奏しているジャン・ワグネル指揮のデンマークのオーケストラ、オーデンセ交響楽団は、なんと、ラヴェルがカットした「殻を付けた雛」のコーダ前の2小節を復活しているのです。ストコフスキーの編曲などでは見られるこの形、ラヴェル版で実際に録音しているは、極めてレアなサンプルです。これあ、貴重。

CD Artwork © Donacord
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by jurassic_oyaji | 2009-07-18 20:56 | ピアノ | Comments(2)
Commented at 2009-07-19 12:41 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jurassic_oyaji at 2009-07-19 15:27
ぐすたふさん。
今回は「おやぢ」のフリをして、気になっていたことをまとめてみました。ここで書くと煩わしくなってしまうものもあるので、あえて触れなかったこともあります。いずれ、サイトにまとめたものを作るつもりです。

「期待」にべつに深い意味があったわけではなく、現行のCDとはどの程度違ったものが出来てくるか、という期待です。
まさかとは思いますが、「イエロー・サブマリン・ソングブック」みたいになってたりしたら、「期待」以上になってしまいますが。