おやぢの部屋2
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のだめカンタービレ22巻
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 もうほとんどその存在すらも忘れかけられていた「のだめ」の最新刊、第22巻が発売になりました。この前の「21巻」が出たのが8月11日でしたから、本当にちょうど1年、間が空いたことになります。
 正直、1年もお目にかかっていないと、今までの話などはすっかり忘れてしまっています。ですから、読み始めるなりいきなりミルヒーとコンチェルトなんてことになっていたので、いったいこの1年の間になにがあったのかと思ってしまいましたよ。千秋との関係もなんかおかしいし、やはり前の話をもう1度読まねば、と読みかえしてみて、やっとそのつながりが分かりました。のだめは逆プロポーズしていたんですね。それに対して、千秋はいとも間抜けな対応をしていたと。
 それはともかく、そのコンチェルトが行われたコンサートの描写は、いつもながらのリアリティあふれるものでした。ただ、以前、これだけの力が込められたシーンではしっかり「音」が聞こえてきたものでしたが、ここではそれが体験出来なかったのはなぜなのでしょう。かつては斬新だった手法でも、何度も使っているうちに読者に手の内が読まれるようになってしまったのと、書き手としても、新しい技法を生み出すのではなく、「これだけやれば、これだけ伝わるだろう」という、ある意味ルーティン・ワークに陥ってしまったことが原因なのではないでしょうか。
 このシーンで最も重要なところは、本番でピアノが入ると、リハーサルとはまったく違った弾き方をする、というところでしょう。しかし、それを伝える「絵」が、なんとも分かりづらいのですね。オケの団員ではありませんが、いったいなにが起こったのか、何回も読み返さないことにはそれがどんなことだったのかは理解できませんでした。マンガというのは勢いですから、こんな風に「絵」のせいで立ち止まってしまうのはとても辛いものです。
 こんなとてつもない演奏(なんでしょうね。なんせ、実際に音を聴いているわけではありませんから、いまいち凄さが分かりません)をしてしまったというのに、のだめはすっかり虚脱状態、いったい、この先どのように話を収拾していこうというのでしょうか。もはや、この物語は以前の伏線(そんなものがあったとすれば、ですが)などはすっかり忘れ去られた上で進行しているように見えてしまいます。なによりも、前の巻から引きずって、この巻を覆っているとんでもなくシリアスな雰囲気はなんなのでしょう。なまじ、そこに無意味なギャグを絡ませるだけ、そのシリアスさが救いようのないものに思えてしまいます。来年公開される映画では、いったいどのように整合性がはかられるのか、そんなものが最大の見所として期待される状況は、とても不自然なものに感じられます。
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by jurassic_oyaji | 2009-08-11 20:31 | 禁断 | Comments(0)