おやぢの部屋2
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MESSIAEN/Saint François d'Assise
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Rod Gilfry(Saint François)
Camilla Tilling(L'Ange)
Pierre Audi(Dir)
Ingo Metzmacher/
Chorus of De Nederlandse Opera
The Hague Philharmonic
OPUS ARTE/OA 1007 D(DVD)



長いこと待ち望んでいたメシアンの唯一のオペラ「アシジの聖フランチェスコ」の映像です。温泉でくつろぐ聖人の話ですね(それは「足湯の聖フランチェスコ」)。昨年2008年は作曲家の生誕100年というアニバーサリーだったのですが、そんな記念の年を飾るにふさわしいネーデルランド・オペラの素晴らしいプロダクションが、お茶の間でも簡単に味わえることが出来るようになったなんて、まるで夢のようです。
そう、メシアン晩年のこの大作は、まず上演するだけでとても大変なものでしたから、作られてからもう30年近く経つというのに、音だけしか聴けないCDですら2種類しかありませんでした。そのうちの1つは、もちろんパリのオペラ座で1983年に行われた世界初演の録音です(CYBERIA/CY 833-836)。
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作曲家の立ち会いの下に行われた初演のドキュメント、これはこれでとても貴重な記録ではあるのですが、あいにくこの公演は完成度から言ったらかなり問題のあるものであったことは否定できません。この複雑な曲は指揮の小澤征爾には荷が重すぎたのでしょう。メシアンの変拍子がもたらすグルーヴは鈍く停滞し、繊細な和声はその変わり目もはっきりしないほど濁りきっていたのです。
その次に音で聴けるようになったものは、1998年のザルツブルク音楽祭、フェルゼンライトシューレでの公演の録音です(DG/445 176-2)。
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ケント・ナガノの演奏は、小澤盤に比べるとまさに雲泥の差でした。そこからは、初演では聴くことの出来なかった、メシアンが望んでいたであろう音たちが瑞々しく聞こえてきたのです。メシアン本人がこの演奏を聴くことなく亡くなってしまったのは、とても無念だったことでしょうね(添付されている日本語の解説には、この公演が「1989年のザルツブルク音楽祭」と書かれています。これだと、まだメシアンは存命中、単なるミスプリントでは済まされない重大なまちがいです)。
今回のネーデルランド・オペラ、演出のピエール・アウディは、このアムステルダムの「音楽劇場」という広い空間を駆使して、「リング」で見せたようなオーケストラと出演者が一体となったステージを作り上げました。オーケストラはステージの奥、その前にセットを並べて歌手たちが出入りするという、ほとんど「ホールオペラ」のパターンです。ですから、オケだけで演奏される場面ではそのメシアンの大編成を「目」で確認できるのが一つの楽しみです。真ん中を渡り廊下のようなものが走り、下手に弦楽器、上手に管楽器という配置、最前列にフルートパートが7人も座っているのは壮観です。特徴的な音色を提供している3台のオンド・マルトノは映像の画面からは確認できませんが、後ろのセットの中に埋没していたのでしょうか。
指揮者の姿が常に見える状態ですので、メッツマッハーの指揮ぶりはよく分かります。それは、いとも軽快に変拍子を処理している姿、そこには難しいスコアと格闘しているという段階などはとっくに卒業した、流れるように音楽を進めていく軽やかさが有りました。ナガノによって確立された音楽の精度は、さらに高度の仕上がりを見せていたのです。
フランチェスコを歌ったギルフリーは、前の2回の録音での同じ役のファン・ダムに比べると軽めの声ですので、深刻さとは無縁、ただ、やはり長丁場なので最後の方ではちょっとコントロールが苦しくなっていましたね。それはオケも同じこと、最後の最後に乱れを見せてしまいますが、まあそれはご愛敬、もちろん小澤盤を聴いたあとでは無視できるほどの乱れですから。
4時間半という長さを感じさせないその魅力あふれる音楽、そこには、メシアンがずっと聴衆に対して送り出してきた彼独自の語法がてんこ盛りです。彼の生涯は、このオペラのための「ライトモチーフ」を人々に知らしめるために多くの曲を作ることだったのでは、などという途方もない感慨に浸ったものでした。

DVD Artwork © Opus Arte
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by jurassic_oyaji | 2009-08-20 19:59 | オペラ | Comments(0)