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My Classics!
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平原綾香
DREAMUSIC/MUCD-1216


2003年に、ホルストの「組曲『惑星』」の中の「木星」を大胆にカバーしたことで、クラシックファンからも一躍注目を集めた平原綾香、あれから、もう5年以上経ってしまったのですね。今回の彼女の7枚目のオリジナルアルバムは、デビューの原点に立ち返った、全曲クラシックの曲のカバーという画期的なものです。
その「Jupiter」では、原曲のメロディをそのまま歌うという、無謀とも言える企てに挑戦していました。よく知られているように、このオーケストラ曲のテーマは作曲者自身の手によって「I Vow To Thee, My Country」という聖歌に作り替えられました。その際に、曲の途中で原曲のメロディを1オクターブ下げて、全体が1オクターブとちょっとの中に収まるように直し、誰でも歌えるような形になっています。しかし彼女は、そんな「手加減」を加えず、2オクターブの音域となるオリジナルをそのまま歌ったことによって、まず、やかましいクラシックファンの追及の手から逃れることに成功したのです。
今回のアルバムでは、そのような、ある意味肩に力の入った「クラシックは、なにがなんでもオリジナル」という姿勢は見事に消え失せています。彼女がここでとった手法の一つは、例えばベン・リーハウスの一連のワーグナーのカバーのような、そこはかとなくオリジナルの精神を残していれば、それほど細かいことにはこだわらない、というもののようでした。それが端的に表れているのが、「ロミオとジュリエット」でしょう。オリジナルはプロコフィエフ、あんな非メロディアスな曲をいったいどうするのかと思っていたら、はっきりしたテーマは「騎士たちの踊り」だけ、それがなければちょっとヘビーなロック・ナンバーだと思ってしまうほどのさりげない引用です(それがいいんよう)。
「カタリ・カタリ」と、「ネッスン・ドルマ」を合体させたという「ミオ・アモーレ」も、そんな「いいとこ取り」の例でしょう。このプッチーニの有名な曲をありがちに歌い上げるのではなく、単に素材としてはめ込むというセンスは秀逸です。しかも、そのパーツを、全部を4拍子にならしてしまうというこの手のアルバムの常套手段をとらずに、きちんとオリジナル通りの譜割りにしたあたりとか、2コーラス目は合唱の途中からソロが入るという構成を生かした点もなかなか。これは、場合によっては全面的にオリジナルの力に頼るという、彼女の柔軟な姿勢のあらわれなのでしょう。「Moldau」なども、そんなオリジナルのメロディだけで勝負、そこでピアノ伴奏のジャズっぽいコードを生かすあたりが、なんとも言えない隠し味になっています。
ドボルジャークの交響曲第9番の第2楽章を使った「新世界」では、ストリングスが刻むパルスがまるで蒸気機関車のSEのように聞こえます。これが、鉄道マニアだった作曲家の嗜好を反映したのであれば、なんとも恐るべきアイディアです。
最後のトラックは、デビュー曲の「Jupiter」。この曲だけ、いきなり音圧が高くなるのに驚きますが、それ以上に驚くのが、ここでの彼女の声です。多少エフェクターが入っているのを差し引いても、その声、特に低音には、それまで聴いてきたこのアルバムの中の曲ではついぞ聴かれることのなかった力強さがあったのです。いつの間にか、彼女の声からは、デビュー当時には確かにあったはずの生命感が見事に失われてしまっていたことに、いやでも気づかされてしまうのではないでしょうか。
ライナーには、クラシックに馴染みのないリスナーへの配慮なのでしょう、オリジナルの作品の解説を杉本明子さんというソプラノ歌手の方が執筆されています。それの「AVE MARIA」の項目などは「ウィキペディア」の丸写し、プロのライターだったらとても許されないことです。しかも、いくら出自の疑わしい曲だといっても、顔写真がモンテヴェルディだなんて、ちょっとリスナーをなめてません?

CD Artwork © Dreamusic Inc.
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by jurassic_oyaji | 2009-09-10 20:27 | ポップス | Comments(0)