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旅の絵本VII
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 安野光雅さんの「旅の絵本」が最初に出版されたのは1977年のことでした。「ふしぎなえ」で絵本作家としてデビューした安野さんの、それは一つのエポック・メイキングとしての作品であったことは、デビュー以来のほとんど全ての絵本を目にしていた私には明らかに思えました。エッシャーの「不思議な絵(「だまし絵」という言葉を使うのは、美術史的には正しくないのだそうです)」の持つ二次元の錯覚の世界を絵本の中に導入した見事な作品群(中でも、「あいうえおの本」はその最高峰です)の、ある種昇華された形で、それは目の前にあらわれたのです。ヨーロッパの風景の中を旅する一人の男という設定の中で、安野さんはそれまで絵本の中で開拓してきたさまざまな技法を、さりげなく描き上げていました。その中に隠してあるそんな「秘密」を解き明かすことは、まさに読者にとっての知的な冒険に他なりませんでした。
 先日、町田市で開催された展覧会にたまたま行ったときに、この絵本がなんと小学校の教科書にも取り上げられていることを、初めて知らされました。もっとも、その教科書の現物を見てみると、「このページの中で、誰がなにをしているのか調べてみよう」みたいな、なんとも的外れな設問があったのにはがっかりしてしまいましたがね。安野さんは、そんなつもりでこの絵本を作ったはずはないのに。
 そんな、本質を見ようとしないファンの存在も取り込みつつ、このシリーズはどんどん新しい場所を開拓して、いつの間にか6巻まで刊行されていました。その間も、安野さんのコンセプトは健在で、前作のデンマーク編では、全てのページにアンデルセンの童話にちなんだものが散りばめられている、といった贅沢なものでした。
 それから5年経って、ついに新しい「旅の絵本VII」が出ました。これは、今までのものとはあらゆる面で大きな違いが見られます。まず、本としての「開き方」が違います。今までのものは「左に」開くタイプ、物語は紙面の左から右へ向かって進むという「横書き」の世界でしたが、今回はその逆、「右に」開く縦書きの世界となっています。それは、もちろん今回の場所が縦書きの文化圏、中国であることの反映です。「旅の絵本」史上初めての、右から左へと進む物語、これは新鮮です。
 さらに、ここでは今まで見せてきた「不思議な絵」の世界はほとんど影を潜めています。その代わり取り入れられているのが、安野さんがこの絵本を作る際にお手本にしたという、古代中国の画家による「清明上河図」という絵巻物の「模写」です。そのために安野さんはわざわざ篆刻印を作って、その部分に押しています。その印がなければ分からないほど、その絵巻物と安野さんの世界は見事に溶け合っています。
 ここで安野さんが描き出した中国の旅、そこには確かに今までの作品の中にもふんだんに取り入れられていた安野さん独特のユーモラスな光景は健在です。しかし、最後の黄土に木を植えるというシーンにつながるなにか重々しい描写の中には、明らかに今までとは異なる世界観のようなものが見え隠れしているはずです。それは、安野さんご自身の心境の変化のあらわれなのかもしれませんね。安野さんは、ここで更なるエポックを打ち立てたのです。
 安野さんが「旅の絵本」の日本編を作るときには、どんなものが出来るのか、本当に楽しみです。
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by jurassic_oyaji | 2009-09-25 20:29 | 禁断 | Comments(0)