Christiane Oelze(Sop), Petra Lang(Alt)
Klaus Florian Vogt(Ten), Matthias Goerne(Bar)
Paavo Järvi/
Deutscher Kammerchor
The Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
RCA/88697576062(hybrid SACD)
もうすでにあちこちで大評判のヤルヴィのベートーヴェン・ツィクルス、その最後を飾る「第9」です。もちろん、オーケストラはとドイツ・カンマーフィル、ジェンダーの壁を越えたオケです(それは、「ドイツ・
オカマーフィル」)。このレーベルは、もはや実体のないものとなってしまった
RCAですが、クレジットを見ると実際に制作しているのはこのオーケストラの自主レーベルなのでしょうね。そのライセンスを、やはり実体があるのかないのかはっきりしない「
BMG Japan」(今月号の「レコ芸」では、ついに広告もなくなりました)に譲って、親会社の
SONYからりリースされたという、今の
CDの流通を象徴するような複雑な経過を経てユーザーの手に渡っている商品です。ほんと、こういうメジャー・レーベルの商売を見ていると、かれらはもはや「ものを作る」という仕事を放棄しているようにしか思えません。
そんなことは、もちろん演奏家にはなんの責任もありません。ヤルヴィたちはいつものように、極めてスリリングな演奏をメディアを通して多くの人に伝えたいと願っているだけのことなのでしょう。
「カンマーフィル」の名前の通り、ここでの弦楽器の編成は
8/7/6/6/4という(プルトではありません)、「第9」を演奏するときの「普通の」オーケストラの半分の人数しかいないというものです。合唱も
40人程度、決して「大人数」とは言えません。ただ、データではこの録音は
2008年の8月(1~3楽章)と
12月(4楽章)の2回に分けて行われており、それぞれでメンバーが少しずつ異なっています(だからどうしたということではないのですが)。
「今」のベートーヴェンの演奏、普通のオーケストラでもかつてのような雄大なものを期待するのはなかなか難しいところですが、それがこの人数になれば、当然さらに軽やかな音楽になるはずです。第1楽章などは、いとも軽快なテンポで、まさに「室内楽」的な、外へ向かって大声で叫ぶのではない、もっと仲間同士の声を聴き合う親密さの中での音楽が生まれています。中でも、木管セクションはとても良く溶け合った響き、決して少ない弦楽器に覆い被さるようなことはありません。ソリスティックはフレーズがあったとしても、それは決して個人が目立つのではなく、セクション全体で盛り上がる、といった姿勢でしょうか。
ですから、つい大味になりがちなフィナーレにも、細やかな神経が行き届くことになります。出だしこそびっくりするような音の炸裂がありますが、低弦のレシタティーヴォなどはいとも穏やかな表情で、拍子抜けするほどです。そして、それを受け継ぐバリトンのゲルネが、なんとも爽やかなソロを聴かせてくれています。「
O Freunde!」という、いかにも大見得を切りたくなるようなオペラティックなフレーズを、彼はまるでリートを歌うような繊細さで歌っているのですからね。
テノールのフォークトも、こういうコンセプトの中ではまさにうってつけの軽いキャラ。歩いているのではなく、小走りほどの急速な「マーチ」に乗って歌われる彼のソロは、そんな軽やかさの中で、まるで羽根が生えたような浮遊感を味わわせてくれるものでした。
そして、合唱の、特に男声はかなりのハイレベルの演奏を聴かせてくれています。なんといっても白眉は「
Seid umschlungen」での男声合唱。これほどの透明感をもって「神の前に跪いて」いるさまを表現した演奏は、ほとんど初めて聴いたような気がします。後半では、なんと合唱とオーケストラとが共鳴しあって、とてもこんな人数とは思えないほどのダイナミックな音響を生み出していますよ。
楽譜はベーレンライター版。最初の頃こそもの珍しさが半分で使われていたこともありましたが、対抗馬のブライトコプフも、ほとんど同じような新版を出したことで、演奏家の認識も変わったのでしょうか、例えばオーケストラの間奏を締めくくるホルンの不思議なシンコペーションにも、しっかり意味を見いだせるような自信に満ちた表現が聴かれます。
SACD Artwork © The Deutsche Kammerphilharmonie Bremen