おやぢの部屋2
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仙台フィル定期演奏会
 久しぶりに、仙台フィルの定期演奏会に行ってきました。なんといってもヴェルディの「レクイエム」を演奏するのですから、何をおいても聴きに行きますよ。実は、この曲を生で聴くのはこれが初めて、楽しみです。
 実際は、一番楽しみだったのは合唱でした。半年以上も前から市内の4つの合唱団がこのために集まって練習を重ねていたことを知っていましたから。その合唱団というのが、毎年コンクールで常に上位を占めて、全国大会で金賞などという輝かしい経歴と、もちろんそれに見合うだけの実力を持っているところばかりなのですからね(1つだけコンクールには参加していないところもありますが、そこも実力は折り紙付き)。
 その合唱は、本当に素晴らしいものでした。それだけ長期間練習していたことで、4つの合唱団の寄せ集めという感じは全くなくなっていて、完全に一つの合唱団としてのまとまりを見せていましたね。声は滑らかで表現も自由自在、合唱が出てくるところは、本当に音楽に浸りきることが出来ました。
 ところが、ソリストがソプラノを除いてよくもこれだけひどい人を集めたものだと思うほどの、ひどさ。テノールはコンディションが悪かったのでしょうが、あんな声で歌っているのではプロとは言えません。バスはなんという音程の悪さなのでしょう。それでいて突拍子もないような「見栄」を切ったりしますから、もう最悪。この人が歌い出すと音楽全体の緊張感が全くなくなってしまいます。メゾの人も音程の悪さは我慢の限界を超えています。
 ですから、最後にソロがまわってくるソプラノの人のお陰で、やっと聴いていて心地よい音楽が始まったような気がするほどでした。ほんと、ソプラノソロと無伴奏の合唱だけで歌われるところは、まさに至福の思いでした。
 こうなってくると、最大の功労者は合唱だったのではないかという気になってきます。オーケストラ?なんだか、威勢の良いところではすごい迫力でしたが、繊細な部分では完全にこのものすごい合唱の足を引っ張っていたのではないでしょうか。冒頭の「Kyrie eleison」や、最後の「Libera me」など、この合唱団の力をもってすれば、もっと緊張感のあるピアニシモを出すことも可能だったはずです。それが出来なかったのは、オケにそれに見合うだけの力量が備わっていなかったからではないでしょうか。「Offertorio」でのチェロのパートソロのひどさが、それを物語っています。仙台フィルって、いつからこんなにヘタになってしまったのでしょう。
 このホールも、その欠陥をもろにさらしていました。ステージが狭いものですから、合唱やソリストはこんなことになっています。
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 ソリストがこんなところにいたのでは、オケと合わせることなど不可能です。もういたるところでズレまくっていましたね。そして合唱は、なんと半分は階段に立たされていましたよ。この曲では、ソリストが歌っている間に合唱が座って休めるところがたくさんあるのに、実際に座ったのは「Lacrimosa」のあとだけ、ステージの上はちゃんとベンチがありましたが、階段の人はその階段に座らなければならず、それはかなりみっともないものでした。それを避けるために、敢えて1回しか座らさなかったのかな、と勘ぐられるほどです。あるいは、もしかしたら、こういう大きな曲をやるときにはこんなみっともないことになってしまうホールでしか定期演奏会が出来ないことのデモンストレーションのために、山下さんはこの曲を取り上げたのかもしれませんね。他のオケのように、合唱団がすんなり立ったり座ったり出来るホールを、早く造ってくれ、と。
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by jurassic_oyaji | 2009-10-23 23:37 | 禁断 | Comments(0)