Nordic Voices
CHANDOS/CHAN 0763
ノルウェーの超ハイテク集団、「ノルディック・ヴォイセズ」については、つい最近
AURORAというノルウェーのレーベルから出た
現代作曲家の作品集をご紹介していました。今回はイギリスの大手マイナーレーベル(?)からの、2枚目となるアルバムです。しかし、レーベルは違っても録音スタッフは全く同じですので、原盤はアーティストに属しているということになるのでしょうか。そうなってくると、レーベルは単なるディストリビューターに過ぎないのに、ブックレットに「
CHANDOSの録音ポリシー」などと書いてあるのを見ると、ちょっと白けてしまいますね。
その「ポリシー」なるものは、「
24bit/96kHzによる最新のテクノロジー」なのだそうです。辛いソーセージではありません(それは「
チョリソー」)。もちろん、これと同等のスペックは
SACDであれば難なくクリアできるものですから、すべてのアイテムをハイブリッド
SACDでリリースすれば良さそうなものなのですが、なぜかこれはスタンダード
CDでした。同じレーベルの前作は
SACDだったというのに。ヨルン・ペデルセンとアーネ・アクセルベリという録音チームが作り出した卓越した録音は、
SACDで聴いてこそ、その真価を発揮するものであることは、
AURORAの(
CHANDOSの前作は持ってません)
SACDレイヤーと
CDレイヤーを比較すればすぐに分かります。このような極めて緊張感のある無伴奏の声が重なっているときには、
CDではそれぞれの声の存在感が薄くなってしまうのがはっきり分かるのですね。
この
CDでは、ですから、とても優秀な録音であることは良く分かるのですが、時折声同志が重なり合って輪郭がぼやけてしまうところが出てくるのです。
SACDであれば、そんなところは間違いなくもっとクリアに聴けるはずなのに、と思うと、ストレスが募るばかりでした。
このアルバムでは、現代曲と同時に彼らのもう一つの重要なレパートリーである
16世紀ごろの音楽が扱われています。それは、いわゆる「ルネサンスのポリフォニー」という範疇でとらえられるものなのでしょう。しかし、このジャケットからは、そんなある意味遠い時代のイメージは湧いては来ません。この写真は、
2004年にバグダッドで起きた自動車爆弾の爆破直後の現場なのだそうです。さらに彼らは、このアルバムの収益を全てユニセフに寄付するというコメントを寄せていますよ。そこで改めてタイトルと曲目を見てみると、それは「哀歌」というコンセプトでくくられるものでした。そう、ここで彼らは旧約聖書の「哀歌」や、新約聖書の福音書などにあらわれている「哀しみ」の情感を、現代に於ける「哀しみ」とオーバーラップさせようとしていたのです。
旧約聖書の「哀歌」というのは、いわゆる「預言者エレミアの哀歌」として合唱ファンにはお馴染みのテキストです。トマス・タリスの作品などはもうすっかりアマチュアの男声合唱団のレパートリーとしても定着しているほどの名曲となっています。しかし、「哀歌」自体は全部で5章からなる長大なものですから、そのタリスあたりは第1章の最初の5節しか使っていません。ここでのヴィクトリア、ロバート・ホワイト、そしてパレストリーナの作品では、それとは別の部分のテキストが用いられています。それを演奏している彼らは、ポリフォニーの澄んだ流れの中に、その、「バビロン捕囚」を背景としたメッセージを盛り込むことに最大限の力を注いでいるように見えます。それはなんと熱いポリフォニー、そこには軽く5世紀の時間を超えてしまった「哀しみ」の情念が宿っています。
音楽的にも他の人とはちょっと異なる斬新な作風のジェズアルド、最後に収録されているレスポンソリウム「あまねく暗くなりて」では、お馴染み、キリストの「受難」のシーンが歌われます。ここでも、予想不能な和声や突拍子もないメリスマが、彼らの手によってなんなく「現代」への扉と化しているのです。
CD Artwork © Chandos Records Ltd