おやぢの部屋2
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HANDEL/Messiah
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Julia Doyle(Sip), Iestyn Davies(CT)
Allan Clayton(Ten), Andrew Foster-Williams(Bas)
Stephen Layton/
Polyphony
Britten Sinfonia
HYPERION/CDA67800




ベートーヴェンの「第9」と同じように、ヘンデルの「メサイア」も合唱の付いたオーケストラ曲として日本では人気があります。どちらも、なにかの記念にとか、年末のおめでたいシーズンに盛り上がろうという機会に演奏されるのが良くあるパターンです。それはそれで結構なことではあるのですが、そういった場合の演奏というのは、概して水準が恐ろしく低くなってしまうというのが、ちょっと辛いところです。特に合唱パート。考えてみて下さい。「1000人」で「第9」や「メサイア」を演奏するのに、どれだけの意味があるというのでしょう。
という「悪しき体験」が根強くあるものですから、特に「メサイア」に関してはわざわざCDを買ってまで聴きたいとは思えませんでした。しかし、「第9」では、合唱がアンサンブルの一部としてしっかり機能しているような、作品の本質に迫るものもぼちぼち出始めていますので、このレイトン盤が出たのを機にきちんと聴き直してみることにしました。レンジで温めて(それは「冷凍」)。合唱は「ポリフォニー」、まず裏切られることはないだろうという期待を込めて。
それはまさに期待通りのものでした。あまりの面白さに、2時間15分という長丁場を一気に聴き通してしまいましたよ。ちゃんとした演奏で聴けば、これはとてつもなくドラマティックで、聴きどころ満載の曲なのだということを確認できたという、嬉しい体験でした。
合唱はまず予想したとおり、ほんの30人ほどの少人数にもかかわらず、いや、少人数だからこそ絶妙のニュアンスまで表現してくれていて、とても刺激的でした。フーガのテーマなど、凡庸な合唱で聴くとなんとも陳腐なものにしか思えないのに、実際はこれほどまでに面白い「ツボ」が潜んでいたことに、各所で驚くばかり。第2部の最初のあたりにある「All we like sheep have gone astray」などは、初めて聴いたような気がするコンパクトな歌い方、とても新鮮な驚きです。そして、この団体のお家芸のとんでもないダイナミック・レンジの広さ。それがフル・スロットルで迫ってくると、まさに圧倒される思いです。
ソリストたちもとても様式感のはっきりした人たちが集められています。最初に出てくるテノールのクレイトンは、とても端正でしかも伸びのあるきれいな声の上に、細かいメリスマものなんの破綻もないという、この時代のオラトリオには理想的な人です。次の登場者、バスのフォスター=ウィリアムスも、やや大げさな歌い方が気になるものの、決してやりすぎることはありません。カウンターテナーのデイヴィスは、かつてはこの合唱団のメンバーだった人(過去のメンバー表を見て気が付いたのですが、エリン・マナハン・トーマスなども参加していたことがあるのですね)ですから、アンサンブルにも長けています。第1部の最後にあるアリア「He shall feed his flock like a shepherd」は絶品。そして、最後に出てくるソプラノのドイルの素晴らしいこと。声といいテクニックといい、全く欠点が見あたりません。
さらに、オーケストラが、モダンでありながら完璧にノン・ビブラートでの表現をマスターしているという、ちょっとすごいことになっています。彼らのノン・ビブラートは、某シュトゥットガルト放送交響楽団が、指揮者の命令でイヤイヤやっているのとはまさに別次元、あちらが「ピュア」と言っているのはいったい何なのか、というほどの、正真正銘「ピュア」な響きが味わえます。ですから、最後の最後、「Amen」では、まず無伴奏の合唱がいきなりレガートでフーガを始めるというパンチを食らったあとで、このノン・ビブラートの弦楽器のフーガで2発目のパンチ、その直後のびっくりするようなハイテンションのトゥッティが3発目、それで終わりかと思えば、その先にはさらに4発目のサプライズが待っているのですから、完全に「叩きのめされ」てしまいます。

CD Artwork © Hyperion Records Ltd
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by jurassic_oyaji | 2009-11-07 08:13 | 合唱 | Comments(0)