おやぢの部屋2
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ABBÉ VOGLER/Requiem
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Roswitha Schmelzl(Sop), Dominika Hirschler(Alt)
Michael Mogl(Ten), Wolf Matthias Friedrich(Bas)
Gerd Guglhör/
Orpheus Chor München
Neue Hofkapelle München
OEHMS/OC 922




アベ・フォーグラーという作曲家、ご存じでしょうか。阿部さんではありません。「ABBÉ」というのは名前ではなく、フランス語で聖職者に付ける敬称ですから、「フォーグラー神父」ということになりますね。ヴィヴァルディやリストのように、僧籍を持つ作曲家です。
ゲオルク・ヨーゼフ・フォーグラーは、1749年に生まれて1814年に亡くなったといいますから、あのモーツァルトの生涯をすっぽり覆っている、言ってみればモーツァルトの同時代の作曲家です。多岐にわたるジャンルで非常に多くの作品を残した人ですが、現在ではほとんど、というか、全くそれらは知られることはありません。わずかに、「ベートーヴェンが『第9』を作る前に、すでに合唱付きの交響曲を作っていた作曲家」というぐらいの「雑学」のネタに使われることで、名前が知られている程度です(それ自体、かなりマニアック)。マンハイム、ミュンヘン、ダルムシュタットと、ドイツ各地の宮廷楽長を務めただけではなく、世界中を旅してまわりスウェーデンのグスタフ三世の宮廷指揮者を務めたりもしていました。
さらに、作曲家としてだけではなく、音楽理論家としても高名、マンハイムとストックホルムとダルムシュタットには音楽学校まで作ってしまいます。また、オルガンやピアノの演奏も超絶技巧の持ち主で、オルガンでは楽器の制作にまで携わるという、まさにマルチタレントとして大活躍していたのだそうです。なんせ、モーツァルトがその才能を妬んで、彼のテクニックにいちゃもんを付けたと言われているぐらいですからね。
この「レクイエム」は、ミュンヘン時代(1805-6)に作られたものです。1809年にハイドンが亡くなったときに、その葬儀に演奏したかったそうですがそれは叶わず、結局初演されたのは作曲家の死後のことだったそうです。
フォーグラーの作品には、時代を超えた新しさがあると言われていますが、この曲を聴けばそれが実感として納得できることでしょう。この時代の作品にはどんな作曲家が作ったものでも、何かしら同じ時代の「匂い」を感じることが出来るものなのですが、彼の場合には、それが全く当てはまらないのですよ。つまり、その時代の様式にどっぷりつかって曲を作っていたあまたの作曲家(中でも有名なのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトという人です)とはかけ離れた、まさに彼自身にしか持ち得ない様式、というかテイストを武器に創作活動を行っていた、とは言えないでしょうか。
そんな、まさに「アヴァン・ギャルド」然とした彼の手法は、この曲の中にもてんこ盛りです。最も印象的なのは、なんとも劇的な広がりを見せる「Sequenz」です。その中の「Tuba mirum」で登場するラッパはお約束のアイテムですが、それがフォーグラーの手にかかると、まるで20世紀のミニマル・ミュージックのような雰囲気を醸し出すものに変わります。そもそも。オンステージのトランペットのエコーとして、オフステージにもトランペットを配したというアイディアが、すでにベルリオーズを超えています。そのトランペットは、なんとも単調な三連符のフレーズを、延々と呼び交わすだけ、そこにはモーツァルトが同じ箇所に使ったトロンボーンが持つ優雅なメロディなどは薬にしたくてもありません。
同じように、曲の中に多用されるのが、同じフレーズを何度も繰り返すという「オスティナート」の手法です。3曲から成る「Agnus Dei」では、そのオスティナートがそれぞれに楽器を変えて有機的に現れてくる様を体験出来るはずです。そして、なんと言っても極めつけは曲全体の頭に提示されたテーマが再現される終曲の「Requiem」でしょう。そのテーマが繰り返されるときの大胆な転調は、とても19世紀初頭のものとは思えません。ほんと、この曲にはすべてにわたって、21世紀でも通用するほどの新しさがあります。
カップリングが、いかにも18世紀然としたハイドンの「テ・デウム」、これは、その対比を際立たせるための選曲だったのでしょうか。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2009-12-01 23:38 | 合唱 | Comments(0)