おやぢの部屋2
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MOZART, WENDLING/Flute Concertos
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Bernhard Krabatsch(Fl)
Ivor Bolton/
Mozarteumorchester Salzburg
OEHMS/OC 747




このジャケット、なんか、ぱっとしない中年オトコが2人並んでいる写真ですね。向かって右側の人なんか、「天才バカボンのパパ」に似てません?左側の人だって、一応楽器を持っていますが、建設現場で働いていてもおかしくないような風貌ですね。外観で判断してはいけないということは重々分かってはいるのですが、つい。
でも、この前のいかにもファッショナブルなセンスで「フルーティストっ」というイメージを全面に押し出したアルバムよりも、こちらの方がはるかに聴いていて楽しめたのは、なぜなのでしょう。やはり、人間、顔が全てではありません。
モーツァルトのフルートだけのための協奏曲は2曲だけ、LP時代でもそれだけで1枚のアルバムが作れましたから、今までには多くのものがリリースされていました。もちろん、最近ではオリジナル楽器であるフラウト・トラヴェルソで演奏したものも見受けられ、これらの曲に対する新たな側面からのアプローチも多々見られるようになってきました。今回のソリスト、ベルンハルト・現場監督・クラバッチュは、モダンフルートの演奏家ですが、使用しているのは「木製」の楽器です。彼は、もともとはこの楽器の現代での一般的な素材である銀や、後にはプラチナや金のものを使っていたのですが、最終的に現在の木製のものに落ち着いたのだそうです。基本的に同じベームのメカニズムを持つ楽器であれば、音色的にはそれほどの違いはないのですが、彼が使っているドイツの「メナート」という化粧品みたいな名前の楽器(それは「メナード」)は、木管ならではの暖かい音色がとてもはっきり伝わってくるものです。特に、低音部分の素朴な感触は、モダンフルートの最大の特色である力強い、場合によっては刺激的なテイストとは全く異なっていました。
音色だけではなく、クラバッチュの演奏は颯爽とパッセージを吹き飛ばすというありがちなスマートさを追い求めるのではなく、流麗さや滑らかさの陰に隠れてあまり表には出てこない「暖かさ」に焦点を当てているように感じられます。一見「地味~」に思えるようなその朴訥さの中には、モーツァルトの音楽を一言一言慈しみを込めて伝えようとする確かな意志があります。
それをさらに助けているのが、ヘルムート・ドイッチュが作ったカデンツァです。モーツァルトのフルート協奏曲には作曲者が作ったカデンツァというものは存在せず(というか、この時代の「カデンツァ」はそもそもそういうものでした)演奏者が自分で作ったり、昔から楽譜が出版されているものを使ったりしているものですが、そんな「出来合い」の中にはモーツァルト本来のスタイルからはかけ離れたものもありました。ニ長調の協奏曲(第2番)でよく用いられるヨハネス・ドンジョンのカデンツァも、そのあまりに19世紀的な華麗さが鼻につく人は多いはずです。
このドイッチュのカデンツァは、そんなフレンチ・スクールの産物とは一線を画した、なんとも味のあるものでした。ことさらに技巧をひけらかすことのないシンプルさの中に、見事にモーツァルトの魂がこもっています。ト長調の協奏曲(第1番)のアダージョ楽章のカデンツァなどは、涙を誘われるほどに美しいものでした。
このアルバムには、そんなモーツァルトの珠玉の協奏曲を産み出すきっかけとなった、マンハイムの宮廷楽団のフルーティスト、ヨハン・バプティスト・ヴェンドリンクが作った協奏曲も収録されています。プレイヤー/コンポーザーにありがちな技巧的なパッセージをふんだんに盛り込んだ作品ですが、クラバッチュたちの演奏によってその技巧による装飾が剥がされてしまうと、その後にはモーツァルトには確かにあったはずの「素」の美しさが、何も残っていないことに気づかされることでしょう。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2009-12-09 00:05 | フルート | Comments(0)