Georg Solti/
Wiener Philharmoniker
ESOTERIC/ESSD-90021/34(hybrid SACD)
DECCAのレコーディング・プロデューサー、ジョン・カルショーのチームが
1958年から
1965年にかけてセッション録音を行ったワーグナーの「ニーベルンクの指環」全曲は、まさに録音芸術の一つの頂点を極めたものです。作られてから半世紀近く経った現在でもその高い評価は変わってはいません。
しかし、それを支えた天才エンジニアのゴードン・パリーが作り上げたアナログ・データの豊穣さは、到底
CDごときに収まりきるものではありませんでした。
CDよりはるかに微細にわたっての再生が可能な
SACD化は誰しもが望んでいたところですが、あいにく
DECCAをレーベルとして保有している
UNIVERSALは、今では
SACDに対しては極めて冷ややかなスタンスを取っています。
そんなレーベルとしての使命感を放棄してしまった巨大レコード産業に代わって、この大切な仕事を成し遂げたのが、日本のオーディオ・メーカー「エソテリック」でした。その全曲のパッケージは、さながら
40年前にキングレコードから発売された
LPによる超豪華ボックスセットを思わせるものです。
DVDサイズのデジパックに二枚ずつ収められた
SACDの他に、同じ装丁で有名なハンフリー・バートンの「神々の黄昏」のメイキング映像「
The Golden Ring」とブックレットが付いています。さらに、歌詞対訳と、カルショーの「
Ring Resounding」の新訳が同梱されているという豪華な陣容です。「キング」ボックスにも、黒田恭一の旧訳が付いていましたね。しかし、その時にあった日本語のナレーションの入ったライトモチーフの音源集は、ここにはありません。
音については、なにも言うことはありません。杉本一家さんによるマスタリングは、今まで聴いてきた多くの
XRCDで味わえたのと全く同質の、マスターテープに収められていたであろう全ての音が、生々しく迫ってくるという驚くべきものでした。
例えば「ワルキューレ」第一幕の前奏曲を、今までの
CDと聞き比べてみると、その違いは歴然としています。なによりも、そこからはショルティに煽られて(この模様は、
DVDでつぶさに見ることが出来ます)ウィーン・フィルがいつになくハイテンションの演奏を繰り広げているのが、手に取るように伝わってきます。アタックやクレッシェンドに込められた弦楽器奏者の「思い」までが、そこからは聴き取れたのです。こんなこと、
DECCAのマスタリングによる
CDからは決して味わうことは出来ませんでした。
この作品の中で最も美しいジークムントのアリア、「
Winterstürme wichen dem Wonnemond」では、ジェームズ・キングの声がとても立体的に聞こえてきます。前奏でのヴァイオリンやチェロの高音のふくよかさも感動的です。ただ、このあたりはハイ・サンプリングの恩恵が顕著に現れるところですから、いかに杉本さんとはいえ、
CDレイヤーではさすがに
SACDと同等、というわけにはいかなかったようです。
SACD(もちろん、2チャンネルステレオのみ)が
14枚と
DVDが1枚で
58,000円という価格設定については、なんとも微妙な思いです。これだけの良心的な仕事の代償としては決して高いものだとは感じられませんが、その他の「付録」があまりにお粗末なものですから。カルショーの本は普通に書店で売られているものと全く同じですから、わざわざ付けた意味が分かりません。それよりも、こんな美しくない訳文のものよりも、今では手に入らない旧訳を復刻してくれたら、どれだけありがたかったことでしょう。音友版をそのまま使った対訳については、手抜きとしか言いようがありません。なんせ、本文には
SACDのトラックナンバーは入っていないのですからね。さらに、ブックレットにある曲目解説も、
1965年に出版された渡辺護の著作の引き写し(ライトモチーフの譜例までも)というお粗末さです。
そんな、せっかくの
SACD化に泥を塗るような扱いを含めての、これは貴重なボックスです。なんせ
1,000セット限定商品ですからね。こんな宝物を入手できた幸福感に、今しみじみと浸っているところです。暇を作って、
せっせと聴くことにしましょう。
SACD Artwork © Esoteric Company