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SHOSTAKOVICH/Symphonies Nos. 5 and 9
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Vasily Petrenko/
Royal Liverpool Philharmonic Orchestra
NAXOS/8.572167




1976年にサンクトペテルブルクに生まれた指揮者、ワシリー・ペトレンコは、現在はイギリスのロイヤル・リヴァプール・フィルの首席指揮者を務めているという、若手のホープです。すでに何枚かのCDを出していますが、日本での知名度はイマイチなのでしょう、参考のためにチェックしてみた例の最新のオーケストラや指揮者の「名鑑」でも、正確な経歴は記載されてはいませんでした。「オーケストラ」のRLPの項目担当の齋藤弘美さんによれば、首席指揮者は「ジェラード・シュウォーツ」でしたし、「指揮者」でのペトレンコ担当の福本健さんは「RLPの首席客演指揮者」と書かれていますからね。こんな、ネットを調べればすぐ分かるようなことすら把握していないライターさんがこういう「名鑑」に執筆しているなんて、なんだかがっかりですね。ニューヨーク・フィルの新しい音楽監督を「ケント・ギルバート」と書いていた山田治生さんみたいな人もいましたし。
しかし、このような無名のアーティストを聴くときには、なにか手がかりのようなものが欲しくなるものですから、そんななんちゃってライターが書いたものでも頼らざるを得ません。さらに、そんなリスナーの心を見透かしたかのように、最近では輸入盤でも日本の代理店がわざわざ「タスキ」を用意して、プロフィールなどを紹介してくれています。ただ、それだけにはとどまらないで、おそらく親切心からなのでしょうが、その演奏の「批評」までも書いているのは、正直ジャマ、というか、はっきり言ってそんな個人的な感想など読みたくもないような気がします。たまたまそれが的確なものであれば(そんなことはまずありませんが)許せますが、なんとも見当違いのことが書いてあったりすると腹が立ってきますよね。このショスタコでは「スタイリッシュな演奏」ですって。音楽が「スタイリッシュ」って、いったいどういうことなのでしょう。なんか、適当に耳あたりの良い言葉を使ってみました、みたいにしか思えないのですがねぇ。街でよく配ってますが(それは「ポケットティッシュ」)。
そんなまやかしにとらわれずにまっさらな心でこのCDを聴いてみると、ペトレンコという指揮者はなかなかの逸材であることが分かるのではないでしょうか。まず、問題作の「5番」に対しては、小細工を避けた直球勝負、さんざん手垢の付いたこの曲でこれほど真摯なアプローチをやられると、その新鮮さだけで惹かれるものがあります。なんせ、ムラヴィンスキーによる初演以来「伝統」として出来上がった「型」が、この曲にはついてまわっています。特に最後の楽章を盛大に盛り上げて「歓喜」だか「開放」だかを歌い上げるというのは、もはや誰しもが望むパターンと化しています。この部分を、ペトレンコくんはそんな晴れがましさには背を向けて、徹底して泥臭い演奏に終始しているのですよ。練習番号119番の悲しげなヴァイオリンの旋律(ここの歌わせ方が絶品です)のあとは、次第にテンポを上げて一気にフィナーレになだれ込む、というのが「型」なのですが、彼はそのままのテンポで最後まで踏ん張っています。ですから、エンディングのあたりはちょっと他では聴けないほどの「遅さ」になっていて、そのテンポがもたらす重苦しさといったら、ハンパではありません。そうなってくると、最後から3小節目から加わるバスドラムには、まるで「恐怖」のようなものが宿っているようには思えてきませんか?これは、もしかしたらこの作品の本質に迫るほどの「重い」演奏だったのかもしれません。それを「スタイリッシュ」などという「軽い」言葉で片づけられてしまっては、あまりにもペトレンコくんがかわいそう。
「9番」の方だって、一見爽やかそうでいて、2楽章あたりにはかなり粘っこいものが潜んでいるような印象を受けましたが、どうでしょうか。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2009-12-26 18:54 | オーケストラ | Comments(0)