おやぢの部屋2
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GERSHWIN/Porgy & Bess
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Jonathan Lemalu(Porgy), Isabele Kabatu(Bess)
Bibiana Nwobilo(Clara), Gregg Baker(Crown)
Nkolaus Harnoncourt/
Arnold Schoenberg Chor
Chamber Orchestra of Europe
RCA/88697591762




ガーシュウィンの「ポーギーとベス」ははたして「オペラ」なのか、あるいは「ミュージカル」なのか、という議論は、その時々でなにかしらの解答めいたものが提案されつつ、おそらく永遠に結論が出ないままにこれからも続けられていくことでしょう。
1975年に録音されたロリン・マゼールの「全曲盤」(DECCA)は、まさに「オペラ」としての存在を強く主張した最初のものだったのではないでしょうか。これは、それまでは仮に「オペラ」として上演されるときでも多くの部分がカットされていた慣習を改め、初めてガーシュウィンのスコア通りの演奏を行ったものとして評価されてきました。
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それに対して、最近のジョン・マウチェリによる「初演版」の蘇演盤あたりは、まさに「ミュージカル」寄りの提案だったはずです。ここでは、初演に際してガーシュウィンが、あまりに長すぎるオリジナル・スコアから、さまざまなカットを施した版を用いたという史実に基づき、その時の楽譜を再構築することによって、この作品があくまで商業的な「娯楽」を目指していた事実を明らかにしていたのです。
そんな具合に、この作品に対しては常に相対するアプローチが存在してきたなかで、今回のアーノンクールの演奏は、基本的には「オペラ」指向ではあるものの、そこにはやはり彼なりのこだわり(?)がふんだんに盛り込まれたものとなっていました。マゼールと同じく「全曲演奏」を目指すとともに、彼の場合は「スコアに書かれてはいないが、作曲者が求めたはずのもの」まできちんと音として再現しようとしていたのですからね。
それは、第3幕第3場(対訳では「第4場」というミスプリント)、第2場から数日が経過したキャットフィッシュ・ロウの朝をあらわす音楽です。まずオーケストラによる「序奏」が演奏されますが、それはマゼール盤とは異なり、途中で終わってしまいます。そして、そのあとに続くのが、「シンフォニー・オブ・ノイズ」と呼ばれる打楽器だけのインプロヴィゼーションなのです。最初に鳥の声のようなものが聞こえてきたので、SEでも挿入したのかな、と思っていると、それはどうやら打楽器奏者が演奏しているもののようでした。次第に奏者の人数も増えていき(きちんと4人のパーソネルがクレジットされています)、そこにはまるでヴァレーズとかチャベスを思わせるような「前衛的」なパーカッションのセッションが登場するのです。
もちろん、「全曲盤」を謳っていたマゼール盤にも、その後のラトル盤にも、こんなものは登場しません。書かれたスコア以外に、そのようなガーシュウィン自身のアイディアがあったはずだ、という、これはアーノンクールの「主張」に基づくものだったようですね。いやあ、こんな全く彼の守備範囲外だと思われていたところでもこれだけのものを見つけてくるなんて、まさにアーノンクールの面目躍如といった感じですね。
彼が「オペラ」を目指していたのは、合唱にアーノルド・シェーンベルク合唱団を起用したことでも分かります。もちろん、その洗練された声は明らかに「黒人音楽を用いたミュージカル」とは一線を画すものです。同じように、第1幕の「序奏」の中でピアノによって演奏される「ジャスボ・ブラウン・ブルース」にも、「ホンキートンク・ピアノ」(わざと調律を狂わせたピアノ。マゼールやラトルもこれを使っています)ではなくきちんと調律された「ピアノ」を使ったのも、同じ信念に基づくものなのでしょう。ただ、その「ブルース」は、延々と続くはずのソロが見事にカットされています。スコアになかったものまで取り入れて「完全」を目指したはずのアーノンクールがこんなことをするなんて。やはり、彼はいつもの通り、ただの気紛れじじいに過ぎなかったのでしょうか。あんみつ好きの(それは「寒天」)。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2009-12-30 20:10 | オペラ | Comments(0)