おやぢの部屋2
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DVORAK/Requiem
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Lisa Milne(Sop), Karen Cargill(MS)
Peter Auty(Ten), Peter Rose(Bas)
Neeme Järvi/
London Philharmonic Orchestra and Choir
LPO/LPO-0042




2005年からスタートしたロンドン・フィルの自主レーベルLPO、古い録音や新しい録音をとりまぜてどんどんリリースを重ねていますね。これは2009年の2月のコンサートを録音した、ごく新しいものです。重鎮ヤルヴィが取り上げた曲目はドヴォルジャークの「レクイエム」、なんとも渋い、というか、珍しい曲を選んだものです。なにしろ、1932年にトマス・ビーチャムによって創設されて以来、このオーケストラがこの曲を演奏するのは今回が初めてだ、というのですからね。初演はイギリスで行われた曲だというのに、なんと言うことでしょう。
確かに、数ある「レクイエム」の中にあって、このドヴォルジャークの作品は、いまいち人気がないような気がしませんか。というより、実のところは「ドヴォルジャークがレクイエムなんて作ってたの?」と思う人の方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。そう、これは、現在では殆ど演奏されることのない、言ってみれば殆ど「忘れられた」曲となってしまっているのですよ。よくぞこんなものを取り上げてくれましたね、ヤルヴィさん、みたいな。
ドヴォルジャークは、当時のイギリスではとても人気のあった作曲家で、バーミンガムの音楽祭で演奏された「スターバト・マーテル」などは、大好評を博します。そこで、その音楽祭から、「もっと大規模な合唱作品」を作るように依頼されます。それに答えるために作られたのが、この「レクイエム」でした。ですから、当初から「コンサートホール仕様」になっていたわけで、決して特定の人の死を悼んで教会などで演奏されるための「宗教行事仕様」ではありませんでした。出来上がった作品は、演奏時間は1時間半にも及ぼうという巨大なもの、オーケストラは華麗に鳴り響き、合唱は叫びまくり、4人のソリストは力の限り声を張り上げる、という絢爛豪華な仕上がりとなっています。そこからは、ほぼ同じ時期に作られたガブリエル・フォーレの作品が持っている、あくまで死者を悼むという真摯さはほとんど味わうことは出来ないはずです。そんなところが、この曲の人気が他の人の「レクイエム」に比べるとはるかに低いランクに甘んじている一つの理由なのではないでしょうか。もちろん、それは、彼自身が敬虔なカトリック教徒であったこととは全く次元の異なる問題です。
よく指摘されることですが、この曲の最初に出てくるテーマ(→音源)は、バッハの「ロ短調ミサ」の2番目の「Kyrie」のテーマ(→音源)を引用したものです(この音源はオリジナル楽器による演奏なので、「変ロ短調」であるドヴォルジャークの曲と、たまたま同じ調に聞こえます)。このテーマは、形を変えて何度も登場、最後の「Agnus Dei」でも、はっきりとした形で聞こえてきます。このあたりが、おそらくは彼の「敬虔さ」の現れなのでしょうが、おそらくそれが聴衆に伝わることはないのではないでしょうか。このテーマの類似性も、言われなければまず分からないでしょうし。
この、内に向かって静かに祈りを捧げる、というよりは、外へ向かって大声で主張する、という曲を、ヤルヴィはまさに渾身の力をもってその性格を発散させきっているように感じられます。そのダイナミックなオーケストラの咆哮は、ストレートに快感を与えられるものになっています。そして、やや落ち着いた楽想の部分で聞こえてくるソロ・フルートには、思わず耳をそばだててしまいます。音色といい、表現力といい、なんという存在感のあるフルートなのでしょう。現在ロンドン・フィルの首席フルート奏者は空席のようですが、だれかが客演で参加しているのでしょうか。デュフォーとかね。
合唱は、いかにも力みすぎの感は否めません。時折ア・カペラで演奏する場面もあらわれるのですが、そんな時にこそ発揮して欲しい真の繊細さが欠けているために、曲全体が常に騒々しいという印象が際立ってしまいます。

CD Artwork © London Philharmonic Orchestra Ltd
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by jurassic_oyaji | 2010-01-10 22:54 | 合唱 | Comments(0)