おやぢの部屋2
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DVORAK/Symphonies Nos. 7 & 8
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Charles Mackerras/
Philharmonia Orchestra
SIGNUM/SIGCD 183




ある意味フィルハーモニア管弦楽団の自主レーベルのような面を持つようになったSIGNUMレーベルです。首席指揮者サロネンの「グレの歌」がSACDだったので、他の自主レーベルのようにSACDでのリリースが恒常化か、と思ったのですが、首席客演指揮者のマッケラスの場合はフツーのCDでした。そんなぁ。グレてやる。
フィルハーモニアといえば、何と言っても首席フルート奏者のケネス・スミスの存在が大きな魅力でした。今までは伝統的にこのオーケストラは管楽器の首席奏者は一人しか置かない、という体制でしたから、このオーケストラを録音で聴くときに聞こえてくるフルートは、間違いなく彼のものだ、という安心感がありました。しかし、世界の趨勢は複数の首席奏者によって多くのコンサートやレコーディングのスケジュールをこなすというものですから、フィルハーモニアでも2005年に、ロンドン交響楽団の首席奏者だったポール・エドムンド・デイヴィースという人をもう一人の首席奏者として団員に加えたのです。そうなってくると、このオーケストラを聴くときには、必ずしもスミスが「乗って」いるとは限らなくなってしまいます。現に先日アシュケナージと来日したときの模様がテレビで放送になったときには、スミスは「降り番」でした。ベルリン・フィルを聴くときに「パユさま」(死語)が目当てだったのに、吹いていたのはブラウだった、というようなものですね。そんなことがないように、ロイヤル・コンセルトヘボウ管のエミリー・バイノンなどは自分のサイトでどの演奏会で「乗り」なのかを告知していますよね。でも、これは特別、ふつうは演奏会場に行くまで誰が乗っているのかは分からないものです。
そんなわけで、果たしてこのアルバムではフルートは誰が吹いているのか、実際に聴いて確かめるまでは分からないことになるのですが、そこから聞こえてきたのはスミスの一本芯の通った輝かしい音だったのでまずは一安心、7番も8番もフルートが大活躍する曲ですので、それをスミスの演奏で聴けて幸せな気分になれました。
マッケラスのドヴォルジャークといえば、2005年にプラハ交響楽団と録音したSUPRAPHONがありました。その時は8番と9番のカップリングでしたね。一方、フィルハーモニア管としては、今回と同じ7番と8番を、インバルの指揮で1990年と1991年に録音したTELDEC(これも「死語」)盤がありました。それらの録音と今回のものを比べてみると、マッケラスの演奏にはもはや確固たるスタイルが堅持されていて、たとえオーケストラが変わったとしてもそこからは間違いなく彼の音楽が聞こえてくる、という安心感、というか安定感のようなものを感じ取ることが出来ます。プラハもフィルハーモニアもライブ録音ですが、ライブだからことさら燃える、あるいは聴衆のちがいによって大きく演奏の形が変わってしまうという、この前のミュンシュのようなところは全くありません。彼の芸風が、どんなところでも同じ品質を提供できるだけのものを獲得した、ということになるのでしょうか。もちろん、8番の終楽章でのチェロのパートソロでの自筆稿による独自のヴァリアント(プラハ版だと、256小節目の最後の八分音符が、「シ」ではなく「ド」)も、双方に共通しています。
同時に、フルート・ソロのスミスの芸風も、指揮者の音楽性には作用されないほどの確固たるものとなっているのも、インバルとの演奏と比べて確認できてしまいます。彼もまた、自らの音楽をオケの中でさえ発揮できる力を備えているのですね。これは、一見矛盾する状態、奏者に左右されない指揮者と、指揮者に左右されない奏者との対決、その結果がどうなったのか、それは実際に聴いて頂くしかありません。

CD Artwork © Philharmonia Orchestra
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by jurassic_oyaji | 2010-02-14 22:36 | オーケストラ | Comments(0)