おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
RAUTAVAARA/Choral Works
c0039487_22533139.jpg



James Burton/
Schola Cantorum of Oxford
HYPERION/CDA67787




フィンランドの長老作曲家、エイノユハニ・ラウタヴァーラの合唱作品を集めたアルバムです。オーケストラの作品などはたびたび聴いていますが、実は合唱に関しては初体験、この中の曲はすべて無伴奏の混声合唱曲ですので、純粋に彼の合唱における成果が味わえることでしょう。
このアルバムのライナーノーツは、なんと、同じフィンランドの作曲家、ヤーッコ・マンティヤルヴィが書いています。歳は35才も違いますが、彼自身とも多くの共通点を持つこの先輩のことを暖かく語った文章は、多くの示唆に富んだものです。その中に出てくるのが、「折衷様式」という言葉です。マンティヤルヴィが、まさにこのような作風であるため、この先達のそのような一面には敏感に反応しているのでしょうね。
ここに収録されているのは、最も初期のものが1973年に作られた「ロルカの詩による組曲」、そこから、最新作、これが初録音となる2008年の「Our Joyful'st Feast」までの作られ方をつぶさに見ていくと、そんな「折衷」さのありようが、ラウタヴァーラの場合には作曲年代によって大きく変化していることが良く分かります。1つの曲の同じ時間の中に、多くの要素をそのまま並べて、言いようのない緊張感を産んでいるのが初期の作品だとすれば、後期のものはそれらの平均値を用いて、より滑らかな仕上がりを目指した、そんな感じでしょうか。人はおそらく、こういう現象のことを「進歩」や「円熟」と呼ぶのでしょう。
実際、その最も初期に作られた「ロルカ」では、グリッサンドや微分音などという、いかにも「前衛的」な手法までも交えて、かなり「とんがった」刺激が与えられます。しかし、おなじロルカのテキストを用い、日本の東京混声合唱団の委嘱によって1993年に作られた「我が時代の歌」になると、なんとも「洗練」された音楽に変わってしまっているのがはっきり感じられてしまいます。そこでは、確かに多くの技法が混在してはいるのですが、それらは互いに寄り添い、すべてが同じ方向を向いているのですね。その結果現れてくるのは、なんとも心地よい、殆ど「ヒーリング」といっても構わないほどの口当たりの良さでした。その流れはとどまるところを知らず、最近の作品になるにしたがってそのまろやかさには「磨き」がかかっていきます。最新作に見られるのはいとも平穏なたたずまい、なんだか、いつぞやの「世界合唱シンポジウム」のテーマ曲を作った日本人のように、功成り名遂げた大家が、ほんの小遣い稼ぎに作ってみました、みたいな趣がないといったらウソになります。
しかし、せっかく聴くのですから、出来ればこういう人の作品には、なにかに挑戦している姿を見たいものです。そうなると、最も面白く聴けるのは、1970年代の終わりに作られた「Canticum Maria Virginis」と「Magnificat」あたりでしょう。これこそ、「折衷様式」の極致、殆どリゲティかと思われるトーン・クラスターから、セリー風のアリア、さらにはシュプレッヒ・ゲザンクと、刺激的な手法のてんこ盛りは、とってもスリリングです。さらに、5つの部分から出来ている「Magnificat」では、最後の「Gloria」がなんとも人を食った発想なのがたまりません。この歌詞ですから、普通は喜び満開、といった感じで作られているものですが、ここではそれが恐ろしく暗~く始まります。断じて心地よいものは作らないぞ、みたいな心意気を、そこからは感じられませんか?
そんな「毒」までを表現するには、この合唱団はちょっと物足りないところがないわけではありません。あと一歩、男声に色気があって、女声のアインザッツに確信のようなものがあれば、この「折衷」がより際立って聞こえてきたはずなのに。もしかして、仙台の某混声合唱団、ではなく香辛料合唱団だったら、この「Magnificat」からそんな面白さを引き出してくれるかもしれませんよ。

CD Artwork © Hyperion Records Limited
[PR]
by jurassic_oyaji | 2010-02-20 22:54 | 合唱 | Comments(0)