おやぢの部屋2
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MONO=POLI
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松平敬(Voc)
ENZO/EZCD-10006




山下達郎でお馴染みの「一人アカペラ」、多重録音によってたった一人でコーラスの全てのパートを録音し、あたかも大人数の合唱団のように聴かせる「ワザ」ですね。福島県の名産ではありません(それは「アカベコ」)。そんな手法で制作された曲ばかりを集めたアルバム「オン・ザ・ストリート・コーナー」は、まさに感動的なほどの完成度を誇っています。なにしろ、歌っているのは達郎だけなのですから、音色は完全に統一されていますし、曲に対する表現だってどの声部の人も全く同じものなのですから、きれいに「ハモる」のは当たり前のことなのでしょう。もちろん、それを支える技術的な問題は、彼の場合は長い時間をかけて蓄積されたノウハウによって、殆ど解決されているはずです。単にクロック通りのテンポではなく、微妙に伸び縮みするルバートまでも、きちんと表現できるようになっているのですからね。
クラシックの世界でもそんなことを真剣にやってみようとする人が現れました。それが、松平敬さんです。松平さんというのは、芸大を卒業された「声楽家」で、普通のレパートリーもしっかり勉強された方なのですが、特に「現代音楽」についての造詣が深く、シュトックハウゼンの作品などはかなりコアな実績をお持ちになっているそうです。「クラシック」ばかりではなく、仙台近郊で毎年初夏に行われている「荒吐(アラバキ)」というロック・フェスに関連したライブに出演されたりとか、幅広いジャンルでも活躍されています。
ここで松平さんが行ったのは、そんなクラシック版「一人アカペラ」で、合唱音楽の歴史を俯瞰しようという壮大な試みでした。そのようなアンソロジーでは定番の、13世紀に作られたとされるカノン「夏は来たりぬ」から始まって、次第に時代を進めて「現代」まで至るのがちょうど真ん中、そこから、今度はシンメトリカルに改めて時代をさかのぼる、という構成からは、歴史の本質を見据えた冷徹な視点を感じることが出来るはずです。
Pro Toolsを駆使したマルチトラック・レコーディングと、ソプラノからベースまでの音域をカバーできる驚異的な声によって、彼の声は男声だけによるシンプルな2声部から、16声部の混声合唱までの幅を持つことになりました。「16声部」と聞いてすぐに連想されるあの曲、そう、リゲティの「ルクス・エテルナ」が、その真ん中に据えられているのも嬉しいことです
しかし、それは聴く前に抱いていた期待が、かなり過大なものであったことを知らしめるものでしかありませんでした。楽譜を見ながら聴いていると、テキストの語尾などは今までのフツーの合唱の録音からは決して聴くことの出来ない明瞭さがあることが分かります。曲の構造も、手に取るように明晰に伝わってきます。しかし、あまりに均質すぎるその声からは、個々の声の持つテクスチャーの違い、それによって生じるはずのえもいわれぬ質感というものが、全く消え去っているのです。ここで唐突に思い出したのが、ノリントンが全ての弦楽器にノンビブラートで演奏させたマーラーの「アダージェット」でした。「ピュア」であることが必ずしもメリットにはなり得ないことを痛感させられたあの録音と同じ「間違い」を、ここから感じ取るのは、決して困難なことではありません。
もう一つ、彼の歌い方の独特な「クセ」も問題。彼本来の声域である低い声ではそれほど目立たないのですが、高音域、特にファルセットを使った女声音域になると、低めのピッチで入ってしばらくすると本来の音にたどり着くという、非常に耳障りな「ずりあげ」の歌い方になってしまうのです。これは、このような録音では致命的な欠陥。せっかくこれだけの手間をかけたというのに、無惨にも崩れ去ったこんな姿を見るのは、とても残念です。それは、達郎が達した境地からは、はるかに遠いものでした。

CD Artwork © Takashi Matsudaira and Office ENZO Inc.
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by jurassic_oyaji | 2010-03-08 20:27 | 合唱 | Comments(0)