おやぢの部屋2
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PRAETORIUS, SCHEIDT/Der Wächter auf der Zinne
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Dominique Visse(CT)
Katharine Bäuml/
Capella de la Torre
COVIELLO/COV 20907(hybrid SACD)




北ドイツのハレという街は、決して雨が降らないのと(「晴れ」ね)、あのヘンデルの生地として有名ですね。そのヘンデルはまだ生まれてはいなかった1615年に、この街は新しい行政官を迎えるにあたってのお祝いでわきかえっていました。町中のいたるところで、そう、まるで仙台市の定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバルのように、歓迎のための音楽が演奏されたのだ、と言われています。その時に演奏されたであろう音楽を再現したものが、このSACDです。
その時にハレの音楽を仕切っていたのは、ヴォルフェンビュッテルの宮廷楽長で、当時は非在任でこの街の宮廷楽長も務めていたミヒャエル・プレトリウスと、後にその地位を継ぐことになるザミュエル・シャイトでした。ここで演奏されているのは、その2人の曲を集めたもので、「胸壁の夜警」というタイトルが付けられています。もちろん、それらの曲が実際に演奏されたなどという証拠はどこにもないのですが、なんたって「架空」のレパートリーなのですからそんなことは別に気にすることはありません。
ここには、プレトリウスがヴェネツィアで学んだ、ガブリエリ風のスペクタクルな典礼音楽の技法がまざまざと反映されています。さらに、そこにはプロテスタント音楽の要素も加わり、この地ならではの華やかさのなかにも渋さも併せ持つ音楽を聴くことが出来ます。
このアルバムの最大の魅力は、声楽担当として参加しているドミニク・ヴィスでしょう。実を言えば、最近の彼の声を聴くために買ったようなものなのですが、彼と、「カペル・デ・ラ・トーレ」という「古楽器」のアンサンブルがかもし出すサウンドを耳にしたときに、あるショッキングな体験が待っていました。最初のプレトリウスの「Jubilate Deo」が聞こえてきたときに、歌っているのはヴィス一人だけのはずなのに、それにポリフォニックに絡むもう一つの声部を歌っている「歌手」の声が確かに感じられたのですよ。実際は、それはツィンクで演奏されていたのですが、インストであるはずのそのパートから、はっきり「歌詞」までが聞こえてきたような気がしたのですね。
これは、ツィンクやショーム、そしてサックバットといった、この時代にしか存在していなかった楽器(「古楽器」という言葉は、本来そういう使われ方をするものです)たちの持つ音が、いかに人間の「声」と溶け合っていたものなのかを、否応なしに認識できた瞬間でした。例えばヴェネツィアの音楽家たちの楽譜を見ると、そこには声楽のパートしか書かれてはいないのですが、実際の演奏にあたってはなんの不自然もなくそれらのパートを楽器で演奏したりしています。「楽器」と「声」が同等の立場で寄り添うというのはこういうことなのか、という、新鮮な驚きが感じられたものです。もちろん、これはヴィスの「声」が、楽器と対等に渡り合えるだけの存在感を持っていた、ということにもなるのでしょう。
さらに、SACDのスペックを生かし切った素晴らしい録音が、それを助けていることも見逃せません。各パートの「楽器」や「声」のそれぞれが、見事に浮き上がって聞こえてくるのはさすがです。シャイトの「戦いのガイヤール」では、左右で呼び交わすツィンクの陰で、レガールの繊細な音が手に取るようにはっきり聞こえますよ。レガールというのは、小さなリード管が使われた携帯用のオルガンのことですが、最後にあのバッハも用いた有名なコラール「Wachet auf, ruft uns die Stimme」をソロで演奏していますから、そこでなかなか聴く機会のないその鄙びた音色を堪能できることでしょう。そして、それに続くのが、プレトリウスのヴェネツィア様式満載の七声のコラール、まさに「胸壁の夜警」さながらのにぎやかな世界が繰り広げられます。
ほんのひととき、ドイツ・ルネサンスの極上の響きを味わえる素敵なアルバムです。

SACD Artwork © Coviello Classics
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by jurassic_oyaji | 2010-03-28 23:10 | 合唱 | Comments(0)