Christoph Genz(Evangelist)
Jan Van der Crabben(Jesus)
Sigiswald Kuijken/
La Petite Bande
CHALLENGE/CC 72357(hybrid SACD)
「
OVPP」による、おそらく3番目の「マタイ」です。とは言っても、以前の
ジョン・バット盤の時にも行っていたように、レシタティーヴォ・セッコで出てくるエヴァンゲリストとイエス以外の「端役」の人たちはコーラス要員以外に用意する、という理にかなった人選になっています。いや、そもそも「マタイ」で「1パート一人」というのが理にかなっているのか、という議論の方がよっぽど大切な気はしますが。
もう一つの特徴としては、ヴァイオリン奏者である指揮者のシギスヴァルト・クイケンが、ヴィオラ・ダ・ガンバを演奏している、というクレジットがある点が挙げられます。いや、彼の場合、「チェロ」だったら以前から頻繁に演奏していたのは、良く知られたことでした。ただし、その際に用いられる楽器が「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」という特殊なものであったことには注意しなければいけません。英語だと「ショルダー・チェロ」、これは、肩から吊すことが出来るようなちょっと小振りの楽器で、構え方もヴァイオリンに近く、ヴァイオリン奏者でもすんなり演奏できるようになっています。ですから、クイケンはここではその楽器を使っているのかもしれません。しかし、音を聴いてみるとそれは紛れもないヴィオラ・ダ・ガンバですから、もしかしたらガンバそのものに肩ひもを付けて、横に構えて弾いているのかもしれませんね。つまり、「ガンバ(足)」ではなく「スパッラ(肩)」、「ヴィオラ・ダ・スパッラ」という新しい(?)楽器に「改造」しているのでしょうか。このあたりは、ライナーのインタビューでも触れられていませんし、録音風景の写真も全くありませんから、本当のことは分かりません。彼の経歴を見ると「最初に手にした楽器がヴィオラ・ダ・ガンバ」などとありますから、大人になってもひそかに
頑張って練習していたのでしょうか。
さらに、演奏には全く関係のないことなのですが、この3枚組の
SACDでは「通し」のトラックナンバーが付けられているのです。どういうことかというと、普通「マタイ」の場合は、新全集の番号にしたがってトラックが切られていますから、1枚目については「曲」の番号とトラックナンバーは完全に一致しています。しかし、2枚目になると、例えばその始まりが「第2部」の頭だったとすれば、本来は「
30番」になるところが、トラックナンバーは「1」に戻ってしまうのですね。それは当たり前の話、事実、同じ
SACDでも先ほどのバット盤では、そんな風に2枚目と3枚目のディスクの最初は常に「トラック1」になっていました。しかし、このクイケン盤は、それが最後まで曲の番号と同じトラックナンバーが付けられているのですよ。ですから、2枚目は「トラック
30」から始まる、というわけです。
これは本当に便利ですよ。例えばスコアを見ながら聴いているときなどは、今演奏されているものが何番なのか、すぐ分かるのですからね。もちろん、
CDレイヤーではそんなことは出来ませんが。
そんな、さまざまな特徴を持つアルバムですが、演奏自体はそれほど共感出来るものではありませんでした。一番いけないのは、ソリストたちがアンサンブルの合唱にまわったときに、全く声が溶け合っていないことです。特に第2コーラスのソプラノのマリー・クイケンがなんとも頼りのない声なもので(8番のアリアはかなり惨め)、テノールなどの内声にかき消されてしまってなんともひどいバランスになってしまっています。「
OVPP」のデメリットとは、こういうことなのですよ。
オケの方も、トラヴェルソがほとんど聞こえてこないのは、録音のせいでしょうか。
49番のアリアでも、オーボエ・ダ・カッチャがあまりににぎやか過ぎて、せっかくのマルク・アンタイのソロを隠してしまっています。
SACD Artwork © Challenge Records Int.