Patricia Petibon(Sop)
Andrea Marcon/
Venice Baroque Orchestra
DG/477 8763
フランスのソプラノ、パトリシア・プティボンを初めて聴いたのは、
このアルバムででした。まずジャケットのまるでお姫様のようなかわいらしい写真に惹かれ、もちろん、そこで歌われていたフランスのバロック・オペラにも惹かれて、すっかりファンになってしまいましたよ。
2008年には初めて来日して、そのリサイタルを
BSで見ることができました。そのときのプティボンの姿は、やはりさっきのジャケット写真のようにかわいらしいものではあったのですが、もはやあのような「子供っぽさ」はすっかり影を潜め、おそろしく知的な風貌に変わっていたのには、ちょっと驚かされました。そこで歌われていたものも、まさに彼女しかなしえないようなユニークな完成度を持ったものでした。ひょっとしたら、彼女は思ったほど若くはないのではないか、と、そのときには感じたものでした。
今回のジャケット写真でも、その特徴的な赤毛は変わりませんが、顔立ちはまさに成熟した女性のものですよね。確かに、経歴を見ると、コンセルヴァトワールを卒業したのが
1995年とありますから、もう
30代、すでに「お肌の曲がり角」はとっくに過ぎていたのです。いつまでも「縦ロール」は似合いません。
今回の
DGからの2枚目のアルバムは、イタリア・バロックのアリア集です。曲目が、こちらはまだまだお若い
デ・ニースのものと重なったりしていますから、どうしても比較したくなってくるのは人情というものでしょう。
そこで、お馴染み「ジューリオ・チェーザレ」の中のクレオパトラのアリアを聴き比べてみたのですが、同じくクリスティ門下でありながらその表現の方向はかなり違っているような印象を受けてしまいます。デ・ニースは、なんせ最初に見た映像でのインパクトが強かったので、
CDではちょっと物足りないところもあったのですが、やはり聴き直してみると若さゆえの一途さ以外にはそれほどの魅力はないように感じられます。しかし、プティボンは違いますよ。ここで歌われている「
Piangerò la sorte mia」は、まずしっとりとした曲想で始まるのですが、その味わい深いこと。なにしろ、彼女の歌は表現の振幅がとても大きいのですよ。時によっては「歌」もなくなってしまって「ささやき」だけになるかと思うと、次の瞬間には思い切り張ったフルヴォイスに変わるといったように、すべての音符に彼女の意志が感じられるのですよ。ソプラノにありがちな不安定な音程や過度のビブラートもありません。それでいて、音は輝きにあふれています。
有名な「リナルド」の中のアリア「
Lascia ch'io pianga」も、ダ・カーポでの変化をデ・ニースのように装飾を用いて付けるのではなく、そんな表現の幅を最大限に生かして歌い方そのもので細かい表情を変えてしまっているのですから、ちょっとすごいことです。声の素材自体が、彼女の場合はデ・ニースをはるかにしのぐものであることが、図らずも分かってしまいました。この声を武器に、おそらく、彼女はこれからさらに円熟の度合いを加えていくことになるのでしょう。とても楽しみです。
マルコン指揮のヴェニス・バロック・オーケストラも、やはり多彩な表情で
バックを務めています。何よりも普段あまり見かけない「パーカッション」や「ギター」といった楽器が加わった編成が、めざましいほどの活きの良さを音楽に与えているのにはうきうきしてしまいます。そういえば、どちらの楽器もポップスの世界では「リズム楽器」、彼らの産み出す「リズム」こそが、そんな生命感の源だったのでしょう。「アントニオ・サルトリオ」などという、全く初めて聴いた作曲家の作品なども、彼らの手にかかるととてもキャッチーに聞こえてきます。
CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH