おやぢの部屋2
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BARTÓK/Concerto for Orchestra
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Zoltan Kocsis /
Hungarian National Philharmonic Orchestra
HUNGAROTON/HSACD32187(hybrid SACD)




2002年の録音と、決して「新譜」ではないのですが、最近何かと「オケコン」に縁があるものですから、この曲のおそらく何番目かに「最新」に近いものということで、ご紹介させてください。
「オケコン」といえば、つい最近、テレビでスクロバチェフスキが読売日本交響楽団を指揮した映像が放送されましたね。かなり期待をして見ていたのですが、なんとも淡泊な演奏だったのには、ちょっとがっかりしてしまいました。何よりも、管楽器奏者達が常に安全運転に終始していて、ハラハラさせられることがないのですね。この曲では、もっと弾けて生々しい躍動感を見せつけて欲しいと常々思っているものですから、こんなサラリーマン根性丸出しの日本のオーケストラは失望の対象以外の何者でもありません。
それに比べると、ハンガリー屈指の名門オーケストラと、超有名なピアニストだった指揮者というこのコンビによるバルトークの第1弾として録音されたこのアイテムは、なんでもこのレーベルで最初のSACDだったのだそうで、それだけでも、なんか独特の意気込みが感じられますね(それ以後、このレーベルがSACDを出していたことはほとんど気づかされなかったのですが、最近になって再開されたバルトーク・ツィクルスが再びSACDによるリリースなので、こちらを聴くのも楽しみです)。
もちろん、録音された場所はブダペストにある「フェニックス・スタジオ」という有名なところですから、きちんとしたセッション録音、マイクアレンジなどもかなり吟味されていたのでしょう。その音は、それぞれの楽器のキャラが立った、目の覚めるように鮮やかなものでした。
そんな録音でことさら思い知らされるのが、管楽器奏者達のとてもユニークな個性です。2楽章に出てくる各パートの1番奏者と2番奏者によるデュエット・ソロの先陣を切るファゴットの、いかにも「俺たちの音楽」といった感じの押し出しの強さは、なんとも強烈なインパクトを与えてくれますよ。いや、そもそも、この楽章の冒頭に現れるサイド・ドラムの、乾いた音色とタイトなリズムの中にすら、確かなメッセージが込められていたことに気づいていたはずですし。このファゴットのフレーズは後半にも再現されますが、その時には3番奏者のカウンターも加わってさらに圧倒的な力で迫ってきます。
この曲の中には、多くの変拍子が現れますが、それに対する処理もひと味違った仕上がりとなっています。例えば、1楽章の、静かな序奏のあとにひとしきり盛り上がったあとに訪れる「トランクイロ」と表記された部分は、3拍子と4拍子が不規則に繰り返される面倒くさいリズムを持っているのですが、そこを彼らはいとも滑らかに演奏しているのです。そうすると、不思議なことにそこから「言葉」が聞こえてくるのですよ。そう、それはまさにハンガリーの言葉を母国語とする人たちが普通にしゃべっている、という感じなのですね。これを体験してしまうと、先ほどの読響のような普通のオケが演奏したものは、まるで片言の外国語のように思われてしまいます。この作品、バルトークはアメリカのオーケストラのために作ったのでしょうが、なんのなんの、そこにはこんな真の「民族性」がしっかり埋め込まれていたのですね。
ですから、ショスタコーヴィチの「レニングラード」のパロディとして知られている4楽章で、そんなおちゃらけた楽想の間にヴィオラによって演奏される甘美なフレーズが、いとも素っ気なくほとんど無表情に現れたときには、逆の意味でなにか強い意志が働いていることを感じないわけにはいきません。
かつて、小林研一郎などが常任指揮者を務めていたころは、このオーケストラは、いかにも「田舎のオケ」といった感じでしたが、コチシュのもとで、それを逆手に取った見事な花を開かせようとしているのかもしれません。「オンコチシュン(温故知新)」ってやつですか。

SACD Artwork © Hungaroton Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-04-22 21:45 | オーケストラ | Comments(0)