おやぢの部屋2
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RAVEL/Boléro, HONEGGER/Pacific 231, R.-KORSAKOV/Scheherazade
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Piano Duo Trenkner-Speidel
MDG/330 1616-2




エヴェリンデ・トレンクナーとゾントラウト・シュパイデルという、ドイツの女性二人によるピアノ・デュオのアルバムです。言ってみれば、ドイツ版ラベック姉妹のようなものでしょうか。ただ、あちらはいくつになっても美しいままなのに、こちらのお二人はかなり崩れた容姿、ビジュアル的な訴求はちょっと難しいお年頃です。
ですから、彼女たちはレパートリーである意味勝負に出ているのでしょう。もうすでにこのレーベルから出ているアルバムはかなりの数に上っていますが、それらは他ではなかなか聴くことのできない堅実、というかマニアックなもので占められています。なんたって、バッハの「ブランデンブルク協奏曲」や、いわゆる「管弦楽組曲」までもピアノ2台(あるいは4手)で弾こうというのですからね。さらに、マーラー(6番と7番、メンバーが一人別の人)やブルックナー(3番)の交響曲ですよ。すごすぎます。というか、こういう、いわば「試奏」のバージョンを、ふつうのコンサートで取り上げるという姿勢自体が、なんともユニークです。
今回取り上げているのも、リムスキー・コルサコフの「シェエラザード」とオネゲルの「パシフィック231」、そしてラヴェルの「ボレロ」という、すべてフル編成のオーケストラで演奏してこその曲ばかり、はたして、4本の腕だけによるピアノの演奏で、どこまで魅力を引き出せることでしょう。
実は、「シェエラザード」については、以前も同じ楽譜で演奏されたものを取り上げていました。その時には、演奏者のスキルが作曲者自身の編曲の能力を超えてしまっていることが如実に分かってしまうような印象を持ってしまったものでした。リムスキー・コルサコフのこの曲は、オーケストレーションを施されないことには、なんとも魅力に乏しいことに、その時には思い知らされたのです。しかも、彼はピアノの演奏ではそれほどのものを持ってはいませんでしたし。しかし、今回の二人は、そんなスカスカな楽譜から、なんとも言えない味を出しているではありませんか。正直、この人達は年も年ですしそれほどキレの良いテクニックや、精密なアンサンブル能力があるわけでもありません。その代わり、楽譜の裏側に込められた情感を表現することにかけては、まさに年の功、非常に長けたものがあるのでしょう。ここからは、とても懐の深い味わい深さが感じられるのです。さすがに、最後の楽章などは細かい音符で指がまわらなくなっていたりしますが、それでもなにかそこからはひたむきさが伝わってくるのですから、面白いものです。
オネゲルの「パシフィック231」は、1923年に作られた、オーケストラによって蒸気機関車の動きを模倣するという痛快な曲ですが、彼自身によって翌年作られたこのピアノ・デュオバージョンでは、「シェエラザード」とは逆に、オーケストラの色彩感が抜け落ちた分、作品自身の音楽的なしたたかさがより明確になっています。次々と飛び出してくる不思議な和声と旋法をもつ刺激的なフレーズの応酬は、オケ版を聴いているときにはほとんど感じられないものでした。しかも、彼女たちの演奏が持っているリズム的なユルさが、ここでは(おそらく意図したものではないのでしょうが)なんとも言えないポリリズムの雰囲気を生み出しているのです。これは、かなり強烈なインパクトとして迫ってくるものでした。
しかし、「ボレロ」では、そんな面白さなどは、見つけられるはずもありません。この単純なリズムと、陳腐なメロディの繰り返しだけで成り立っている音楽は、ピアノだけで演奏されるとまさに出来の悪いミニマル・ミュージックのような姿をもろにさらけ出すだけのものに成り下がってしまいます。なんとイジワルな。

CD Arwork © Musikproduktion Dabringhaus und Grimm
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by jurassic_oyaji | 2010-05-12 20:44 | ピアノ | Comments(0)