おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphony No.9
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Sinéad Mulhern(Sop), Carolin Masur(MS)
Dominik Wortig(Ten), Konstantin Wolff(Bar)
Emmanuel Krivine/
Choeur de Chambre les Éléments(J. Suhubiette)
La Chambre Philharmonique
NAÏVE/V 5202




ベートーヴェンの「第9」を小編成のオケとコーラスで演奏するという試みは、別に目新しいものではありません。オリジナル楽器の黎明期には例えばハノーヴァー・バンドあたりが「当時の編成に忠実」な形で録音を行っていました(NIMBUS/1988年)。ジョナサン・デル・マーの校訂による「ベーレンライター原典版」などは、その流れから生まれたものだったのでしょうが、刊行されるや否や、そんなマニアックな範疇にとどまることはなく、全世界のオーケストラのライブラリーとして取り入れられることになってしまいましたね。もちろん、ベートーヴェンはバッハとは違って、楽譜にコーラスの人数の指定などはしていませんでしたから(これは、もちろんジョークです。近々、そんな「リフキン校訂原典版」による「ロ短調ミサ」をご紹介出来るはず)、モダン・オケの標準的なサイズでこの楽譜を使った演奏も広く行われています。
そんな様々な演奏形態が提案されてきた中で話題になったのが、ヤルヴィとモダン楽器の室内オケとによる2008年の録音でした。そして、2009年になってオリジナル楽器の陣営から提案されたものが、この録音です。
今ではすっかりオリジナル系の指揮者として定着したクリヴィヌがとった編成は、ヤルヴィとほぼ同様のものでした。オケは「8型」、コーラスはさらに少なくなって32人しかいませんよ。
実は、このコーラスは、以前デュリュフレの「レクイエム」で素晴らしい演奏を聴かせてくれた、あの当時は名前も知らなかった指揮者に率いられた「レ・ゼレマン室内合唱団」という団体です。デュリュフレの時とは微妙に名前が変わっていますが、実体はほとんど同じものなのでしょう。それが「第9」を歌うというのですから、色んな意味での期待が高まります。
クリヴィヌの指揮の下、シャンブル・フィルはとても爽やかな演奏を繰り広げています。まるで、髪を洗ったあとのような(それは「シャンプー」)。いや、冗談ではなく、本当にそんな感じ、この「第9」からは、「音楽に於ける人類の偉大な遺産」みたいなかったるさは、微塵も感じることは出来ません。オリジナル楽器特有の、そして、それを取り入れた「ピリオド・アプローチ」ではお馴染みの、フレーズの最後を短くしてあっさり仕上げるという歌い方が、とても心地よいものに感じられます。
さらに、それぞれの楽器がとても主張を込めた存在感を示しているのも、そんな風通しの良い流れのせいなのでしょう。中でもティンパニは、今まで聞こえてこなかったようなフレーズまでがはっきり分かるほどの明晰さ、そのとてつもなくダイナミックなマレットさばきは、とてもエキサイティングです。4楽章のマーチで初めて出てくるバスドラムも、一瞬ティンパニと聞き間違えるほどの軽やかな音色で、ベーレンライター版特有の1オクターブ低いコントラファゴットと見事に溶け合っています。ただ、例の合唱を導き出すホルンの不規則なシンコペーションは、なぜか見事に「フツー」の形に変わっていましたね。やはり、ここはクリヴィヌの美意識とは相容れないものだったのでしょうか。
その楽章の合唱は、期待通りの素晴らしさでした。彼(彼女)等は、デュリュフレを演奏していたときと全く同じスタンスで「第9」に向き合っていたのです。あの透明で繊細な声で歌われるベートーヴェン、こんな美しいものが、この世にはあったのですね。そこには、力ずくで「すべての人は兄弟になりなさい!」と言い切るような威圧感は全くありません。「みんなが仲良くなれたらいいのにねえ」といったような優しささえ、感じることは出来ないでしょうか。誰一人として「叫んで」いない「第9」、おそらく、こんな素敵なものを目指す合唱団が、これからは出てくるのかも。ねっ、艦長(だれそれ?)。

CD Artwork © Naïve
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by jurassic_oyaji | 2010-05-24 20:05 | オーケストラ | Comments(0)