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ミッチ・ミラー
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 ミッチ・ミラーが亡くなったそうですね。1911年の生まれですから、享年99歳ですか。大往生ですね。実は、彼に関しては10年近く前にこんなコンテンツを作っていました。しばらく私自身も見ていなかったのですが、今グーグルで検索すると2番目に現れましたよ。その前はCDの案内ですから、ネットの世界では事典的なものでは、私のものが最もよく見られている、ということになりますね。事実、だいぶ前ですが、このコンテンツをほとんどまる写しにした○マハのサイトがありましたからね。
 ネットの死亡記事を見てみると、やはり、指揮者、プロデューサーという肩書が多い中に、きちんと「オーボエ奏者」というのもあって、感心しているところです。コンテンツの中にも書きましたが、彼は、あの「ミッチ・ミラー合唱団」を作る前には、クラシックのオーボエ奏者だったのですよね。なんせ、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲のアメリカ初演を行ったのが、彼なのですから。シュトラウスその人にオーボエ協奏曲を作ってくれるように依頼したのは、デ・ランシーという、やはりアメリカのオーボエ奏者だったのですが、彼はその時のポストは首席奏者ではなく次席奏者だったため、もっとランクの高いミッチ・ミラー(というか、本名のミッチェル・ミラー)に、その名誉ある初演のソリストの役をかっさらわれてしまったのです。
 ミラーは、その後ポップスの世界で大成功を収めることになるのですが、晩年はまたクラシックの世界に戻り、なんでもオーケストラの指揮者として活躍していたそうですね。いずれにしても、とても実りの多い一生だったのではないでしょうか。
 私などは、テレビで「ミッチと歌おう」が放送された時をリアルタイムに過ごした世代ですので、毎週日曜日のその番組の時間を楽しみにしていたものでした。それは、合唱団の演奏を聴かせるだけはなく、バラエティとしての性格も持っていたものだったはず、と、記憶を手繰り寄せると思い当たります。なにしろ、すべてがスマートで、かっこよかったような気がします。その演奏も、簡素な楽器と、エコーたっぷりの録音で、当時はとても贅沢な響きのように思えました。もちろん、前もってきちんとエフェクトをかけて録音したものをスタジオに流し、メンバーはそれに合わせて歌う「フリ」をするだけ、という、あの頃のバラエティの常套手段だったのでしょうが、そんなやり方さえもスマートに見えたものです。ですから、彼らが実際に来日してコンサートを行った時には、そのあたりの仕込みは大変だったことでしょうね。
 テレビから聞こえてきたのは、それはふくよかな男声合唱でした。メロディの上にハーモニーパートが乗っかるというアレンジが徹底されていて、男声であっても重苦しさは全くありません。そんなのを聴いて、おそらく合唱の素晴らしさに気が付いたのかもしれませんね。実際に、高校の時のクラス合唱で、ミッチ・ミラーの「大脱走マーチ」を演奏したこともありました。男子校ですから、当然男声だけ、けっこうそれらしいハーモニーが出せたような気がします。その時の英語のT先生というのが、合唱団の指揮などをしていた方ですので、英語の授業をつぶして、合唱のレッスンをしてくれたことなどを思い出します。その時に、この歌の歌詞を知ったのですが、「大脱走」などという勇ましいタイトルとは裏腹に、
メイブル、君が好きなんだ
僕に出来る限り、君を愛するよ
だけど、僕はちっちゃなデイジーにも夢中なんだ
彼女は、僕のたったひとりの女性だからね

そのあとは、「キャリー」や「リンダ」などと、延々とカノジョの名前が羅列されるしょうもない内容であることを、知ったのでした。二股、どころではありませんね。
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by jurassic_oyaji | 2010-08-04 00:45 | 禁断 | Comments(0)