おやぢの部屋2
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WAGNER/Scenes and Arias
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Simon O'Neill(Ten)
Pietari Inkinen/
New Zealand Symphony Orchestra
EMI/4 57817 2




1971年にニュージーランドに生まれたワーグナー・テノール界の期待の星、サイモン・オニールのソロアルバムです。もちろん、曲目はすべてワーグナーの舞台作品からのものです。このジャケット写真を見ると、ちょっとキアヌ・リーブスに似てません?これはジークムントでしょうが、みみず腫れの特殊メークがすごい迫力ですね。ただ、その傷跡があまりに膨れているので、その中にPA用のマイクでも仕込んであるのでは、と、痛くもない腹を探られるかもしれませんね。いずれにしても、METを皮切りに、今では世界中のオペラハウス、もちろんバイロイトでも活躍しているイケメンヘルデン・テノール、彼の「旬」の声を満喫することができるのか、楽しみです。
その前に、このジャケットには「父と子」みたいなサブタイトルが入っていますね。そのココロは、というと、アルバムの曲順は作曲された年代に従っているのですが、最初に歌われているローエングリンは、最後に登場するパルジファルの息子だ、ということなんですって。それがどうしたという気がしませんか?それだったら、いっそ同じテノールのロール同志でミーメとジークフリートを両方歌ったりすれば、養子ですが「父と子」の共演が実現していたのに。
そんなわけで、アルバムはまず「ローエングリン」の「In fernem Land」から始まります。バックを務める、インキネンの指揮するニュージーランド交響楽団が、なんか精度の悪さ(特に木管)を見せているのが、ちょっと気になります。それと、サウンドがやけに薄っぺら、これからワーグナーが始まるのだぞ、という感じにはちょっとなれません。しかし、そんなオケに乗って聞こえてきたオニールの声は、まさに待望久しい本物のヘルデン・テノールだったので、まずは一安心です。頭に抜けるような芯のある声、カウフマンのような繊細さはないものの、その分ストレートに迫ってくる迫力がなかなか魅力的です。
ただ、声自体にはとても惹きつけられるものの、細かい表現などは幾分物足りないところがあるのも事実です。次のトラックの、「ワルキューレ」からの「Love Duet」というタイトルでくくられたジークムントの3曲の抜粋(しかし、さっきの「父と子」同様、このアルバムのタイトルのセンスは、どこかピントがずれてます)などでは、それがもろに現れてしまっていました。特に2曲目の、本当に繊細さと、そして甘さまでもが要求される「Winterstürme wichen dem Wonnemond」での一本調子の歌い方は、今までの多くの名演の前ではやや影が薄く感じられてしまいます。さらに、そこにジークリンデ役で一声登場するスーザン・ブロックの、的確には抑制されていない声には唖然としてしまいますし。この人は、「パルジファル」でのクンドリー役も惨めでした。
このアルバムでは、「のど休め」という意味なのでしょうか、オーケストラだけの曲も演奏されています。「神々の黄昏」からの、「ジークフリートのラインの旅」と、「葬送行進曲」です。それらは、最初に感じられてしまったオーケストラの「薄さ」がもろに現れた、なんともワーグナーらしからぬ音楽であったのには、先ほどのソプラノ歌手以上の失望感を抱かざるを得ませんでした。異様に遅いテンポをとって演奏されたこの曲たちからは、それらが担うはずの、ドラマを盛り上げるための役割が全く感じられないのですよ。死にもの狂いで挑んでもらいたい金管の咆吼からも、なにか醒めたものしか聞こえてはきませんでした。こんな方向、ある意味スマート(「理知的」という本来の意味で)なワーグナーも、最近では多くの選択肢の一つに入るようになってきているのでしょうか。少なくとも、舞台で上演されるときにこんなオケだったら、つまらないだろうなあというのが、正直なところです。

CD Artwork © EMI Music Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-08-04 20:50 | オペラ | Comments(0)