おやぢの部屋2
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FAURÉ/Requiem
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Olesya Golovneva(Sop)
Klemens Sander(Bar)
Georges Prêtre/
Rundfunkchor Berlin
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
WEITBLICK/SSS0112-2




このWEITBLICKというレーベル、確かにドイツの会社には違いないのですが、そこから発売されているCDはほとんど日本国内に向けられたものだ、という点では限りなく「国内盤」に近いものだ、というあたりが実体なのでしょうね。
ですから、「輸入盤なのに、日本語のライナーを付けてくれた」などと喜ぶ必要など、さらさら無いことになります。逆に、そんな思い入れたっぷりの「感想文」などは、邪魔になることはあっても、決して役に立つものではないのですからね。それは、「帯」に印刷された、ただ闇雲に購買意欲を煽るだけという、なんとも志の低いコメントにも言えることです。「何というかムーディーな演奏なのです」なんて、これを書いた人はあとで読みかえして恥ずかしくはならないのでしょうか。さらに、その「帯」には、カップリングの曲名が「『夜想曲』(合唱付)」と、おかしな表記になっていますよ。いかにも「大サービスで、合唱も一緒についていますよ」みたいな、スーパーのチラシ的な発想、こんなことでありがたがるクラシック・ファンなんているのでしょうか。そもそも、まともなコンサートでドビュッシーの「夜想曲」が演奏されるときに合唱が入らないことなんて、まずありえませんし。しかも、このCDには、その合唱に関するコメントが(ソリストすらも)全くないというのも、困ったことです。最低限合唱指揮者の名前ぐらいはないことには。もちろん、録音された2007年3月の時点では、このベルリン放送合唱団の指揮者はサイモン・ハルジーのはずですけどね。
と、相も変わらずこの業界の「勘違い」には、すさまじいものがありますが、もちろんそんなものはCD自体の価値には何の関係もないことです。ここでは、そんな、まともに紹介もされていない合唱がなかなか充実していてとても楽しむことが出来ました。かなりの大人数のようですが、きっちり抑制のきいた歌い方に徹している各パートは、しっとりと落ち着いた「いぶし銀」のような輝きを発しています。
しかし、そんなきっちりとした「仕事」をこなしている合唱を預けられたというのに、指揮者のプレートルはなんともだらしない演奏に終始しているのがとても残念です。いや、「だらしない」などと言ったら熱狂的なファンには怒られてしまうかもしれませんね。それは、確かに起伏に富んだ極めてダイナミックな演奏には違いないのですが、テンポを大きく揺らしたり、フレーズの後半で大見えを切るといった、それこそメンゲルブルクの「マタイ」でも聴かされているような大時代的なテイストには、到底付いていけないのですよ。一番いけないのは、メンゲルブルクの場合はオケも合唱もしっかりその指揮についていっているというのに、プレートルの場合はかろうじてその意思が伝わっているのはオーケストラだけ(それでも、とても完全にコントロール出来ているという状態ではありません)だということ、合唱などはハルジーに仕込まれた全く別の、もっとすっきりとした音楽を目指しているのがはっきり分かってしまうのですからね。というか、プレートルは、この素晴らしい合唱を、勝手な思い入れでめちゃくちゃにしてしまっているのですよ。
さっきのしょうもない帯原稿には、「クリュイタンス以来の名盤」などという惹句が踊っています。しかし、その1952年に録音されたクリュイタンスの演奏は、当時はそれしかなかったこの曲のフル・オーケストラバージョンの楽譜をとことん追求して彼なりの一つの信念を結実させたものなのです。プレートルの演奏には、そこでまざまざと感じられた、すべてのパートにわたって存在していた確固たる方向性などは、薬にしたくてもありません(その「薬」って、暗い箪笥の中に入ってたりして)。

CD Artwork © Melisma Musikproduktion
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by jurassic_oyaji | 2010-08-11 19:49 | 合唱 | Comments(2)
Commented at 2010-09-18 11:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jurassic_oyaji at 2010-09-18 19:37
Mariankaさん、こんにちは。
私は、HMVの通販サイト(下記)で買いました。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3872742