Christiane Behn, Mathias Weber(Pf)
Daniela Bechly(Sop), Iris Vermillion(Alt)
Claus Bantzer/
Harvestehuder Kammerchor
MUSICAPHONE/M 56915
マーラーの交響曲第2番の「2台ピアノ版」というものの、なんと、世界初録音なのだそうです。もちろん、この原曲には第4楽章にアルトのソロ、そして最後の第5楽章にはそれに加えてソプラノソロと混声合唱が入りますが、それはオリジナル通りに用いられています。ですから、正確には「2台ピアノ、ソプラノソロ、アルトソロ、合唱版」ということになりますね。これは、実際のコンサートのライブ録音ですが、当然、合唱には指揮者が必要、そうなると、ソリストや合唱、そして指揮者がどのタイミングで入場しているのか、気になりませんか?
ところで、この指揮者、クラウス・バンツァーという名前が記憶の片隅にあったので調べてみたら、8年も前の「おやぢの部屋」で
こんなCDを紹介していたのですね。ただの指揮者ではなく、作曲家でもあったのですよ。窃盗犯ではありませんが(それは「
ピンク・パンサー」)。そして、その「ジャズ・ミサ」の演奏メンバーとして、ここでも演奏しているピアニスト、クリスティアーネ・ベーンの名前もありました。世の中、狭いですね。
実は、このベーンという方が、今回の「初録音」には大きく寄与されています。コンスタンティン・フロレスという人の書いたライナーノーツによると、この方のひいおじいさんのヘルマン・ベーンという人は、ハンブルク時代のマーラーの親友で、パトロンでもあった法律家でしたが、同時に彼はピアニストでもあり、さらにブルックナーやラインベルガーにも師事した作曲家でもあったのです。彼は、マーラーの楽譜の出版にも助力を惜しみませんでしたし、交響曲第2番のベルリンでの全曲初演にあたっても、多大の援助をしています。マーラーも、彼の作曲家としての能力を高く評価していたそうです。そして、出来たばかりの「2番」のスコアを、「もっとも安全だから」と、ベーンに託して、旅に出かけます。マーラーがいないときに、ベーンはこっそりそのスコアを2台ピアノ用に編曲していました。旅から帰ったマーラーにそれを見せると、彼は「すばらしい!」と狂喜乱舞、ベーンの家で3楽章までを一緒にピアノで弾いたのだそうです。
この楽譜は
1895年、初演に先立ってフリードリヒ・ホフマイスターから出版、
1910年にはウニヴェルザールからそのリプリントが出版されています。ただ、自筆稿は長い間ベーンの遺族のもとにあったものを、最近クリスティアーネが「発見」して、その「ハンブルク初演」を試みようとしたことから、この
2008年
11月
17日のコンサートとその録音のCD化が実現したのです。
と、なかなかドラマティックな背景を持つ版ではありますが、これを聴いたところで感じられるのは、現代とは全く異なる当時の音楽の聴かれ方でした。新しく作られた曲をフルオーケストラで演奏する機会などはそうそうありませんから、その曲を知るためにはこのような「代用品」は欠かせなかったのですね。「サラウンド録音」などで、かなり本物に近い体験を得られるようになるには、まだ1世紀ほどの時間が必要でした。
まあ、ふつうのオーケストラ曲であれば、それなりの補正をきかせて聴くことも可能なのでしょうが、この曲のように合唱が入ってくるとなると、それはちょっと困難になってきます。我々は、マーラーの指定した
18型のオーケストラと拮抗出来るほどの大人数による合唱の深い響きをすでに知ってしまっています。そこに、こんな40人にも満たない薄っぺらな合唱を聞かされても、「しょぼい」と感じるだけなのですよ。しかし、2人の女声ソリストたちだけは、そんな大オーケストラがバックにいるつもりでがなりたてているものですから、フィナーレのバランスと言ったら、ほとんど収拾がつかないほどになってしまっています。
図らずも、マーラーの卓越したオーケストレーションの妙味を再認識した、というのが、今回の最大の収穫だったのではないでしょうか。
CD Artwork © Klassik Center