おやぢの部屋2
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FAURÉ/Requiem
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Anne-Marie Blanzat(Sop)
Pierre Mollet(Bar)
Jean Guillou(Org)
R.P. Martin de l'Oratoire/
Les Chanteurs et l'Orchestre de Saint Eustache
CHARLIN/AMS 39




前回の続きです。最初に聴いたCHARLINCDの音は、本当に素晴らしいものでした。前半にはヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのための協奏曲が入っていますが、それこそ、頭の周りをその4人が取り囲んでいるようなリアルな音場とともに、そのヴァイオリンの音のみずみずしいこと。それぞれの奏者の個性までもが、くっきりと伝わってくるものすごい録音、CDで、これだけの存在感を感じられるものはそうそうあるものではありません。周りを取り囲んでいるトゥッティのアンサンブルも、とても雰囲気のある包み込むような響きです。ソロとトゥッティとのバランスも絶妙で、それはどこにも不自然なところのない、まさに「自然なサウンド」と言うにふさわしいものでした。
後半は、ヴィヴァルディの原曲を、バッハが4台のチェンバロのために編曲したバージョンです。もちろん、この録音が行われた1963年ごろには「チェンバロ」と言えば「モダンチェンバロ」しかありませんでしたから、今ではまず聴くことのできない繊細さからは程遠い「力強い」チェンバロの響きも堪能できますよ。しかし、モダンチェンバロ4台の迫力というのは、すごいものです。これも、当時の「自然」な音楽のありようだったのでしょう。このチェンバロのソリストの中に、ブルーノ・カニーノやクラウディオ・アバド(!)の名前を見つけるのも、楽しい体験です。
さらに、その「自然」さは、録音会場の遮音の悪さをそのまま反映したものにもなっていました。かつてLPで聴いたときに耳ざわりだった低周波のノイズは、実は外を通る自動車の音だったのですね。そのあたりも、この優秀なマスタリングではっきり知ることが出来ます。巷間で熱く語られていたCHARLINのもつ「自然」な魅力、それを、このCDによって、いろいろな意味で初めて存分に体験することが出来ました。
次に聴いてみたのは、1965年ごろの録音で、フォーレの「レクイエム」です。これはまだLP時代にも聴いたことのなかったアイテム、期待が高まりますが、これもジャケットに記載された曲順がまるでデタラメなのには、一瞬たじろいでしまいます。もちろん、演奏は普通の曲順で行われています。
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この録音、「ヴィヴァルディ・バッハ」に比べると、なにかピントが定まらないような印象があります。ノイズもさらに盛大になったような感じ、ダミーヘッド(=ワンポイント)のレベル設定ではどうしてもちょっとした演奏ノイズまで拾ってしまうのでしょうか。それにしても、指揮台でも叩いているような、定期的に「バチン」と聞こえてくる音が非常に耳障りです。いや、もしかしたら
そう、まさかとは思うのですが、もしかしたらこのCDはマスターテープから作られたものではなく、LPを音源にしている、いわゆる「板起こし」なのかもしれません。浅草名物ではありませんよ(それは「雷おこし」)。指揮台を叩く音ではなく、あれはスクラッチ・ノイズだと考えると、その他の不可解なノイズも納得がいきます。合唱などは、フォルテシモでは常に音が歪んでしまっていますしね。なによりも、全体を覆っている解像度の悪さは、とても「名録音」とは言えないようなものです。
なんでも、CHARLINのマスターテープというものは、もはや存在してはいないのだそうです。「ヴィヴァルディ・バッハ」などは、たまたまコピーが残っていたのでしょうが、そうでない場合にはLPを使うしか方法はないわけですね。
そんな、なんとも不安定な音で聴いていると、演奏自体もかなり荒っぽいもののように思われてしまいます。何よりも、合唱がとてつもなくヘタ。メンバーがてんでにバラバラの歌い方をしていて、全体としての方向性が全く見えてきません。
Pie Jesu」のソプラノ・ソロは、とても可憐で思わずハッとさせられてしまいます。これがまともなマスタリングで聴けないのが、とても残念です。

CD Artwork © Editions André Charlin
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by jurassic_oyaji | 2010-08-25 21:35 | 合唱 | Comments(0)